プロローグ
- 藤ノ樹
- 2020年1月27日
- 読了時間: 11分
この国はかつて小さな小さな荒れた島でした。そこで哀れに思った神様が一粒の種をこの島に埋めたのです。その種は見る見るうちに大きくなり、大地を海から引き揚げていきました。そしてその樹の幹から流れ落ちた泉の水が川となり、落ちた木の実が人の命と変わり世界に広がったのです。その後神様はその樹に宿り、人々はその樹をずっと信仰し続けました。住む国が違えども、種族が違っても、性別が同じであっても、世界樹は種の中に命を宿して愛し合う者たちに子を授けました。そうしてこの広大な国イグサルヴは世界樹アークにより繁栄を治めたのです。これはそんなイグサルヴの方舟より送る、ほんのひと握りの小さな小さな物語でございます。 息を潜めて期を窺う。目線の先には太い八本足の不気味な生物が、傷だらけの身体を引きずって唸り声を上げている。 「もう少しですわね。皆さん大丈夫ですか?」 耳に付けた通信道具から声が聞こえてきた。 「もうボロボロだよ〜」 「結構キッツイけど、なんとかいけると思うっ!」 「…問題ない。」 聞きなじんだ声のメンバーたちの返答を聞き、彼はホッと胸を撫でおろし決意を固める。 目の前の化け物を倒すための決意だ。 「あと一撃…俺がドでかいヤツを食らわせる。援護してくれ。」 岩の壁に囲まれた薄暗い空間で、彼は耳を澄ませて仲間の息遣いをとらえる。 息を呑む者。潜める者。大きくため息をつく者。三者三様な反応だが、誰も否定する者はいなかった。 「リーダー…とどめを託しますわね!」 「怪我しないでね~」 「サポートしてあげるんだから、絶対倒してよね?」 「任せたぞ…!」 仲間からの声が彼の耳に反響する。その言葉を聞いて子供のように目に光を灯す。 「まかせな。リーダーが決めてやるぜ!」 彼はニッと笑って愛剣を構え腰を低くし土を踏みしめると、遠吠えのような咆哮をあげた。 キラリと輝く剣線が暗闇に瞬き、一つの巨躯の銀狼が鎧を鳴らし駆けだした。
「だからー俺は何とかしたいわけよ!分かるか?グラハム?」
「う~ん。わからなくもないけど、でもやっぱりおいらはランク上げ目指した方がいいと思うんだよねぇ~。」
街中を流れる清らかな川をベンチに座って眺めながら、二人の獣人が話している。
「でもよでもよ?村の近くに魔獣が住み着いてんのは普通に嫌じゃね?緊急で募集かけてたってことはそれなりにヤバい状況なんだと思うんだけどよ?」
腕を後頭部で組んでその銀狼の男は、隣に腰かけているハムスターの少年に反論する。自分よりはるかに大柄な銀狼の男に臆することなく、グラハムと呼ばれた少年はのんびりとした口調で言い返す。
「それはそうなんだけどねぇ~。でも、村には魔除の術も張ってあるし、もう他のパーティが1組向かってるって言ってたよ~そのヒトらに任せちゃえばいいじゃんー」
グラハムは両手に一枚ずつ茶色い紙を持っており、それを見ながら銀狼と話している。
「いや、それは分かってるんだぜ?でもよ~…なーんかほっとけないんだよな~」
「お人好しだね〜ロワーブは。流石に気にしすぎじゃないかなぁ?前回もそんな感じで任務受けてボロボロになって帰ってきたでしょ~?」
ロワーブ・ファングロウは長くてきれいな銀色の毛並みをしており、所々に楕円形の模様を持った大柄な狼男だ。身長だけでなく肩幅も広く、筋肉質な体をしている。この国では一般的な服装である七分丈に折られた長袖のシャツの上に茶色いベストを着込んでおり、灰色のズボンに茶色いブーツを履いている。今は私服だが、戦闘時は鎧と盾と剣を装備し、騎士として皆を守る役割を持つ。
「いやーあの怪物は強かったなぁー!足が八本生えてんのは気持ち悪かった!」
そう言って銀狼は立ち上がり歩き出す。
「ま、とりあえず他の奴らにも聞いてみよーぜ!」
それを追いかけるようにハムスターの少年は後ろをとてとてと追いかけていく。
このグラハム・J・フィディックスという青年はロワーブと随分体格差があり、街中にいる他の種族と見比べてみても比較的小さい。小太りな体に聖職者であることが一目でわかるローブをまとっている。くすんだ青色の髪の毛をてっぺんでちょんまげに結んでおり、さらに後ろ髪も一つくくりにしている。可愛らしい顔をしており、ぱっと見は少年にしか見えない。が、実際はロワーブと幼馴染の関係で、同い年だ。
「テンソ以外はギルドホールにいるみたいだよ~」
グラハムが手首につけている腕時計のようなものを操作すると、そこから板状の画面のようなものが表示される。その画面では仲間とのやり取りが文字によって表示されていて、次々と会話が投稿される。
魔練具。この腕時計はそういったものの括りに分類されている。魔道具とはまた別の種類の道具の類で、この国のみで使用が可能な代わりに魔道具より画期的なアイテムとして民衆の中で人気を博している。
「テンソはどこに行ってんだよ?」
「なんか、義理のお兄さんに会うんだってさー」
「あぁー、なるほどな。聖人様も忙しいんじゃねえの?よっぽどテンソの事が心配なんだろうかね?」
「まぁ、テンソだからねぇ〜目を離せないところあるよねぇ。」
聖人…ここ【イグサルヴ】の国において最高位の能力を持ってるヒトのことを指し、彼らはそれぞれ重要な役割をこの国で担っている。テンソの義兄もその聖人の一人のようだ。
そんなたわいもない会話をしていると、街の中心地に位置するギルドホールに到着する。冒険者ギルドに属する者の拠点となるホールだ。1階と2階が主に冒険者達がパーティと作戦会議をしたりクエスト受注をする場所となっており、3階~5階は冒険者用の寮となっている。
ロワーブは扉を開け、中に入る。正面に受付があり右手には食堂、左手にはクエストボードが備え付けられており、どこもヒトでごった返している。いや、ヒトと言っても人間族は少なく、他種族の亜人たち―エルフ・ドワーフ・オーガ・獣人・鳥人他にも多数―が大半を占めていた。その中でも特に多いのが獣人族だ。冒険者に最も適しているのが獣人族と言われており、身体能力で多種族と比べてアドバンテージがあるので冒険者として活動する者が多いのだ。なので、人というよりヒトと表現した方が適切かもしれない。
「やっと来たわねあんたたち!ほらこっちよ。」
そんな声がかけられたのでそちらに顔を向けると、そこには兎と猫の獣人の2人の女性が食堂で腰掛けている。ロワーブたちに声をかけたのが茶色いたれ耳兎の女性で、白猫の女性は本を片手に彼らに手を振っている。
「よーう!カトナー、ラパン。待たせたなー!」
「構いませんわ。私達も今着いたところなので。ところで、2人が決めかねてた例の依頼というのは?」
白猫の女、カトナー・ローズ・ウィリアムズはそういいながらメガネの位置を正しながら手を差し出す。彼女はオッドアイの瞳を持ち、前髪はぱっつんで切りそろえており長い髪を後ろで一つに縛り三つ編みにし胸元へ流している。多種族から見ても美人といえる容貌を持っており、体つきもメリハリがありトータルで魅力的に感じる女性だと言えるだろう。薄紫の蜘蛛の巣のような模様のコートを着ており中には緑色のタートルネックの服を着込んでいる独特の服装だ。召喚師の称号を持っており、戦闘時は精霊や幻獣を呼び出して広範囲の敵を攻撃する。
「これだよ~。広場の緊急クエストボードで募集してたんだ~。おいらはダンジョン攻略してランク上げ目指したいな~」
そう言ってグラハムは手に持っていた2枚の紙を女性陣に見せる。1枚目には急募!村近くの魔獣の巣の調査と討伐!と書かれている。概要欄にはランクBと書かれており、村付近にできた魔獣の巣の調査と脅威になるようなら討伐をお願いしたいと書かれている。2枚目には新規ダンジョンの攻略と書かれていて、概要欄には同じくランクB~Aと書いており、シャンデル山脈のふもとに新たに現れたダンジョンの攻略をしてほしいというもの。
「はー…なーるほーどねー。確かにロワーブだったら村の方に行くって言うわよねー。」
そう言って得意そうに笑う兎の女性、ラパン・グランドラグは垂れた耳と茶色い毛を持っており、毛の所々に花柄の模様の染色をしている。茶色いベストを羽織り、ピンク色のシャツを縛って引き締まった腹部を露わにしている。肩ぐらいまで伸ばした金髪をハーフアップにして後ろで一つ結びにしていて、編んだ前髪の一部を後ろに流して、束ねた髪に絡めた若々しい活発な印象の女性だ。彼女はレンジャーとして優秀で、罠を見破ったり遺跡の調査をしたり器用な立ち回りをすることができる。
「だろー?わかってんじゃねーか!ラパン」
そう言ったロワーブは得意げに鼻先をこするが、そんな様子を見てラパンはため息をつく。
「別にあたしは褒めたわけじゃないわよ?このお節介。」
「なるほど。ですが、私としては確かにグラちゃんの言うことがもっともだと思いますわね。今の私たちにはダンジョンに潜って経験点集めするのがベストなのでは…とね?」
カトナーは口に手を当てながら真面目に依頼用紙を眺めた感想を述べる。どうやら彼女は仲間のことを愛称で呼んでいるようだ。
そもそも冒険者というものはこの国では何でも屋といった感じの意味合いで使われることが多い。民間のヒト達が解決してほしい要件を依頼として出し、その依頼を達成して報酬を受けとるのが基本的な活動内容だ。そしてもう一つの活動が彼らにとって重要になる。彼らがランク上げと言っていたように、現在の彼らのランクをダンジョンと呼ばれるものを攻略することによって上げる活動である。ランクはD~SSまでの6段階あり、今の彼らはBランクの位置に属する。ランクが上がれば上がるほどに依頼による報酬が増加し、この国での地位が保障される。ランクを上げることによるメリットが多い為、多くの冒険者はダンジョン攻略を死に物狂いで行うことが多い。Bランクは充分に生活出来る報酬の依頼が多いが、だからといって贅沢もあまりできない。
「まじかよ~ウチの参謀様はグラハム側かよー」
ロワーブは不貞腐れたように腕を組み口先を尖らす。
「うーん…あたしは…そうね、不服だけどやっぱリーダーにつくわ。やっぱり心配じゃない。いくら安全が保障されてるとはいっても…ねぇ?」
「やっぱりわかってるじゃねーかラパン〜!」
ロワーブがラパンの肩に手をかけようとした所をスッと彼女は避けて
「とにかくあたしはリーダー派よ。」
ラパンがロワーブに賛同の意を示し、場が膠着状態になったことを全員が認識する。ロワーブは少し残念そうに行き場の無い手をワキワキとしている。
「う~ん。意見分かれちゃったねぇ…。これは決定権はテンソに委ねられちゃうパターンかもねぇ。」
ちょうどそんな会話をしている時に皆が着けている腕時計型魔練具―通称【フォン】―がポンという軽い音を鳴らして何かを通知する。全員がそれに気づきフォンの画面を展開する。
「お、グッドタイミングじゃねーか。テンソからだ。」
彼らのもう一人の仲間であるテンソからのメッセージ通知だったようだ。今から向かうという簡潔なメッセージが画面の中に展開されている。
「あら、義兄様との用事は終わったんですかね?随分早いように感じますけども。」
「ま、仕方ないんじゃない?聖人様なんだしきっと忙しいのよ。」
「そもそもなんの用事だったんだろうねぇ?」
そんなこんなでいくつかの雑談をして情報交換をしていると、
「すまない…待たせたな。」
いつの間にか四人のそばに一人の蝙蝠獣の青年が音もなく立っていて、そう声をかけてくる。
「どわっ!ビビるからいきなり現れんじゃねーよ!テンソ!」
テンソと呼ばれた蝙蝠の彼は忍び装束のような服をまとい、全体的に暗い色をまとった青年である。バンダナから覗く目は赤く、金色に光る瞳孔が他者を寄せ付けない圧力となって鋭く射抜いてくる。アサシンの称号を持っているパワーファイターだ。
「義兄さんとの用事はもういいの~?たまにしか会えないんだからゆっくりしていけばいいのに〜。」
グラハムがそうテンソに声をかける。
「構わない。大した用事ではなかったからな…」
「なんの用事だったの?」
ラパンにそう聞かれたテンソはバツの悪そうな顔をして
「…うじ…。」
「えっ?」
「掃除を手伝って貰っていた…。俺一人がやろうとすると何故か逆に散らかるんだ…。」
恥ずかしそうに頬を赤らめてそう白状するテンソ。
「…聖人様に掃除させる奴なんておめーくらいしかいねーな!テンソ!」
そう言ってロワーブは彼の肩をポンポンと叩く。他のメンバーは腑に落ちたように妙に納得している。要するに、彼は不器用なのだ。
「それならいいんですが…。あ、テン君テン君。あなたならこの依頼、どっちを受けます?」
カトナーが2枚の依頼紙を彼に見せる。するとテンソは村の護衛依頼の紙を見て、眉を顰めた後
「……こっちだ。」
その紙を持ち上げてそう即決した。
「さっすがテンソ!お前ならこっちを選ぶと思ってたぜ!」
そう言ってロワーブはテンソの肩に手をまわし、グイっと親指を立ててウィンクをする。
「やめろ暑苦しい…!」
「わぁ~…3人が言うなら仕方ないかぁ~!じゃあ今回は皆の意見に従うよぉ。」
「いいじゃないの!やってやりましょ!」
「ですわね!そうと決まったら村に向かう日時と時間を話し合いましょう。」
しばらく話し合いを続け、彼らは依頼の受諾をする手続きを受け付けに届け、日時の相談を終わらせる。
そして彼らのリーダーであるロワーブは意気揚々と立ち上がり、こう言うのだ。
「よし!じゃあ村救出作戦の始まりだな!やるぞ!皆!」
「「「「おおー!」」」」
グラハム・J・フィディックス
カトナー・ローズ・ウィリアムズ
ラパン・グランドラグ
テンソ
ロワーブ・ファングロウ
彼ら5人がこの物語の主人公であり、これから君と冒険を共にするパートナーだ。
そして、突然ではございますが、不見先案内人であり一応聖人でもあるわたくしが語り部を担当させていただきます。わたくしの名前などはまた、物語の道中でそろりと拝見されることがございますでしょう…念の為ご挨拶をば…
ではでは、しがない戦士たちの冒険譚『イグサルヴの方舟より』の始まり始まり。
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