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本編: Blog2

第一章⑤

  • 執筆者の写真: 藤ノ樹
    藤ノ樹
  • 2020年3月12日
  • 読了時間: 24分

「まずは先手必勝…!【天蠍宮】【金牛宮】」

 ざっと駆け出し、左手を強化した蠍の針に変化させてグールたちに一気に近づくと、一番後ろにいたグールの脳天めがけてその左腕をふるう。するとその針は見事に貫通して一体のグールの命を途絶えさせた。

「これ以上先には進ませないんだから!弱っちいやつだと思って油断しないことね。」

 一体が彼女に迫り爪の攻撃を仕掛けてくる。それを2歩後ろにステップすることで回避し、ボウガンを構える。

「【白羊宮】翻弄されなさい!」

 ボウガンから糸を射出し壁の突起に絡ませると、それを巻き戻し彼女は魔道具であるブーツの効果で地面を滑るように移動していく。彼女の履くブーツには性質を付与できる性能があり、摩擦係数を下げたり壁に一時的に張り付いたりすることが出来るようになる。


 魔道具とはこれもまた大きく2種類に分かれており、魔法陣を組み込んで魔力を注ぎ込んで効果を発揮する物と、構成する素材に玄石(げんせき)という魔力の永久機関と呼ばれる鉱石を編み込むことで独自に効果が発揮されるものがある。その2つの要素を組み合わせて魔練具より強力な効果を発揮する神器と名付けられた物もあるが、それはロストテクノロジーとして扱われて今では開発不可能とされているのだ。


 地面を縦横無尽に滑る彼女に対してグールは翻弄され、身動きが取れなくなる。それらに対して彼女はダーツやナイフ、火炎瓶などを投下して翻弄する。

「あんたたち3匹くらいなら楽勝なんだからね。」

 そして彼女は白羊の糸を解き、ボウガンで狙いを定める。

「これで終わりよ。【人馬宮】【双児宮】」

 彼女とグールたちとの間にはそこそこの距離がある。だが彼女は臆さず人馬宮のシンボルと矢印に線を一本足したシンボルを展開し、ボウガンの糸を引く手を強めると一気に射出した。その2本の矢は正確にグールたちの眉間に直撃し、深く深く突き刺さっていった。

 彼らは倒れ、そして動かなくなる。彼女の完全勝利でこの戦いに終止符を打った。

「なんで…これじゃあ弱すぎるわよ。これで時間稼ぎにでもなると思ったのかしら?」

 勝利に終わった戦いもあっさり終わってしまうと腑に落ちないものがある。罠を警戒していたがそれらしいものが新たに仕掛けられているわけではなく、初めにここを通過した時と全く同じ状態の通路に違和感はなかった。


「今こっちから音がしなかったか?」「気のせいだろ。今頃クリフが全員捕らえてここまで連れてくるはずだ。」

 そんな話声と足音が彼女の敏感な聴覚に響いてくる。

「(マズッ!気づかれた?物音は立てないようにしてたのに!)」

 彼女は一旦元来た道を引き返し、白羊の糸で自身を引き寄せてブーツの効果で天井に逆さに張り付く。

「この辺から音が…ておい、こりゃひでえな。グールの死体か。」

「クリフの野郎のしもべ共だろ…気持ち悪い…。こんな死体をも食うモンスターも、それを操るクリフも十分化け物だよな。」

「消えてないってことは倒されてから時間が経ってないってことだろ?この辺に居やがるな。」

 そんな会話がラパンの耳に届いてくる。そして徐々に彼女の潜んでいる場所まで近づいてくる。

「(マズいな。警光灯の魔法で明かりを灯してる。近づかれたら速攻でばれちゃうじゃん。…こんな時テンソだったらもっと上手く隠れるんだろうけど…!)」

 彼らが灯している光の魔法の有効範囲に彼女が入る瞬間、ラパンは動き出していた。

「【白羊宮】【人馬宮】!!捕らえなさい!!」

「うおお!」「何だこれはぁ!?」

 一本の糸が射出され自在に動き回り、2人の人間の体をがんじがらめにする。人馬宮の効果は命中率の増減だけにあらず、彼女のスキルに限って言えばこうやって矢の軌道を自在に操ることだってできるのだ。

 しかし、一人の男はひるまずに即口を動かし始める。その途端魔法陣が瞳の中に浮かび上がり赤く燃えだした。

「くっ!焦土の源よ、獄炎の一角よ、我の前に…ッカァ!」

 しかしいつの間にか矢がその男に射出され、突き刺さったと思えば途端に彼は声を発せなくなり、渇いたヒュウヒュウという音しか出せなくなっていた。

「【処女宮 乾秋】…処女宮の四季の術の一つ、土の属性の渇水効果よ。喉が渇いて仕方がないでしょ?」

「お、おい!お前しっかりしろや!」

「あんたたちが守ってた扉は何の扉か教えてくれないかしら?」

 ラパンが冷たい目で見降ろしながらもう1人の男にボウガンを向けて言う。

「あ…あんたたちはなにもんだ!?クリフに騙されて捕まるはずだっただろ!?」

「質問に答えなよ?じゃないとちょっと痛いのがチクッとするかもね?」

「ぐっ!前に捕らえた3人の冒険者だ…!食うために保存してたんだが、お前らが来たから後回しになったんだ。」

「今はその子たち生きてるのね?」

「ああ、ああ…生きてるよ。だけどクリフの匙加減一つだろうよ…扉の先にあるあいつさえ動きだせばお前らもろとも皆殺しだ。」

 男はむき出しになった犬歯を見せて獰猛に笑う。

「(なんで普通の人間であるこいつに犬歯が?)」

 ラパンは男たちをよく観察する。見ると手の爪は長く、鋭い。まるで狼男が途中で変身を止められたような中途半端な姿をしているのだ。

「あんたたちのその姿何よ?信仰しているっていう神に何かされたわけ?」

「は…?何言ってんだおめー?貴様らに姿をどうこう言われたくはないね!俺は美しい人間様だ!」

 その言葉を聞いてラパンはピクリと目じりを震わせると、隣の男に放った矢と同じものを発射する。男がカタカタと震えてせき込み、矢の痛みによって気絶した。

「(自分の姿が変わってることに気づいていない?それにあいつって何?まだ隠し玉があるってこと?それって3人が危険なのは変わりなくない?)」

「いかなきゃ…!あいつってやつが動き出す前に!!」

 ラパンは1人駆け出し、暗闇の中に溶けていく。


「(なんでどいつもこいつも人間獣人って分けたがるわけ?区別されてるのがそんなに素晴らしい事なの?折角アーク様がくれた選択肢を、どうして素直に受け取ろうと思わないわけ?)」

 彼女はずっと苦悩していた。ラパン自身こういう考えを持つ者たちと会話をするのは初めてではなかったから理解できないことは無い話なのだが、納得は出来るはずもないのである。このイグサルヴの国では基本どんな種族同士であっても性別同士であっても、一定の条件さえ満たせば子供を授かる事ができる。勿論男女の間で子をなす事も可能だが、それでは種族の壁を超えることが出来ないのだ。しかし、この国が誕生してから現在までずっとこの風習はあり続けたにも関わらず、それを当たり前だと受け止められずに反目する者はいつの時代にも沢山いた。聖樹アークの異常性を唱えるものが絶えることは無かった。特に小規模の町や村では。

「(違う種族同士が結ばれるのがそんなに罪?女同士だからって子供を授かるのはいけないことなの?)」

 明かりもつけずしばらく走り続けると、夜光草が生えている場所に出る。少し開けた場所に扉が1つだけ正面に鎮座している。両開きの木の扉で塗料で複雑な模様が描かれている。両端には松明に火が灯されており、怪しく揺らめいている。

「いかにもって感じのところね。」

 彼女が扉に手をかけ開けると、中は高い塔のような円柱状の広い空間だった。螺旋階段が壁に沿って設置されており、正面には扉が一つ。右手側には格子状になった鉄の棒によって遮られた牢屋のような空間がある。

「あそこねきっと!」

 ラパンが駆け寄ると、そこには3人の亜人が傷だらけの姿で横たわっていた。3人の爬虫類族の亜人。一般には『レプス』と呼ばれる爬虫類獣人たちだ。獣人とは人型の動物亜人のことをこの世界では呼称している。つまり鳥人や魚人、竜人や彼らのように爬虫類族だったりするものたちも大まかには獣人と呼ばれるくくりに入るのだ。


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「あんたたち!起きなさい!ここから出るわよ!」

 そうラパンが大きく声を掛け、魔道具のバッグから四角い箱に入った鍵開け用のツールを取り出し開錠作業を始める。声を掛けられた彼らは痛みに悶えながらも目を開けて、ゆっくりと体を起こす。

「あ、あんたは…?」

 そう、最初に彼女に話しかけたのはイグアナの獣人で、短髪を生やした目つきの悪い男である。全体的に緑色だが所々にオレンジの丸い模様があることから、他の種類の獣人の特徴を持っていることがわかる。


 混合種族。別種族の両親の2種類の特徴を併せ持ったヒトで、最近では珍しくなくなった種族特徴である。特殊な繁殖条件によるイグサルヴ特有の特徴なのは言うまでもなく、他国の住民からは特に忌避されていることが多い。基本的に今発現しているのは2種類の混合のみだが、場合によっては3種4種の特徴を持っている者も現れる可能性があるという研究データが出ている。


「あたしは…あたしたちはあんたたちと同じで、騙されてここまでくる羽目になった冒険者よ。安心して、敵じゃないわ。」

「敵じゃない…そう言って僕らも騙されたんです。信用できません。」

 最初のイグアナの男子とは反対の印象を受ける男がそうラパンに言う。陰鬱で自信のないような大きな目を長い髪から覗かせている、夕暮れのようなオレンジと深い紫のグラデーションを持ったヒョウモントカゲモドキの男子だ。ヒョウモントカゲモドキ特有の太いしっぽは切り取られていて、辛そうにさすりながらラパンの様子を観察している。

「お兄ちゃん!失礼だよ!ごめんなさい。兎のお姉さん。」

 3人の中で一番幼い印象を受ける、ツンと突き出した鼻が特徴のシシバナヘビの女子がそう頭を下げる。彼女もイグアナの男子と同じでオレンジの丸い模様が体の一部にあった。彼らはラパンたちよりも2、3歳年下に見える若いパーティのようだ。彼ら3人とも拘束こそされていないが、分厚い檻は武器も持たない彼らの攻撃じゃビクともしなさそうだ。

「いいのよ。今の状況じゃ仲間以外何も信用できなくたって仕方がないもんね。でも大丈夫?あんた尻尾…」

 ラパンはヒョウモントカゲモドキの男子にそう声を掛ける。

「僕は大丈夫です。また生えてきますから。元の綺麗な色にはならないとは思いますが。」

 彼は寂しそうにそう言って尻尾のあったところを見やるが、すぐに切り替えてラパンに質問を返す。

「なんで僕たちを助けに来てくれたんですか?騙されてきたというなら、あなたたちだって僕らとそう戦闘力は変わらないはず…。わざわざ助けに来るリスクを背負うべきでないと思いますが。」

 困ったように上目遣いでそう聞いてくる彼にラパンはニカッと笑顔を返し、

「…どっかの誰かさんがバカみたいなお人よしでね。うちらだってピンチだってのにあんたらに危険が迫ってるって聞いたら、一目散に突撃しようとしちゃってさ。あのおバカが無茶しちゃう前にあたしが行くって言ったの。だからあたしもただのお人よしよ。」

「…あなたは…僕たちのことは放っておくべきだった…。僕たちを助けに来たことであなたたちのパーティが壊滅したら、元も子もないじゃないですか。」

「なに?心配してくれるの?でも大丈夫よ!あいつらならこんなことでくたばったりはしないから安心して。」

「そんな保証が…」

 ヒョウモントカゲモドキの男がそう反論しようとしたところでガシャン!という大きな音がすぐ隣で鳴る。みるとイグアナの男子が

「姐さん!俺、生きて帰りたいんだ!助けてほしい!」

 格子を掴んで涙目になりながらそう訴えかけてくるのだ。

「やめろ、ブレイク兄さん。みっともない。」

「セパルお兄ちゃん…プロテも生きて帰りたいよ。皆で一緒におうちに帰りたい。」

 セパルと呼ばれたヒョウモントカゲモドキの男子は、一人称が自分の名前なのであろうプロテというシシバナヘビの女子を見やると鼻からため息に似た息を吐いた。

「ほら、生きるためにはちゃんと体力回復しないとね!あたしはラパン。よろしく、ブレイク、セパル、プロテ。」

 そう言ってラパンは自分の持っていたグラハムのメディシードの丸薬の小ビンを格子越しに丸ごと手渡す。

「姐さん…こ、これ、いいのか?貰っちまっても。」

 ブレイクと呼ばれたイグアナの男はおもむろに丸薬のビンを手に取って蓋を開ける。

「お、おいどうするんだ!?毒だったら!こんな丸薬見たことないだろ!」

「セパルお兄ちゃん疑いすぎ!普通これから助けようって相手を毒殺なんてしないんだよ!ラパンお姉ちゃんを信じようよ!!」

「お、俺は姐さんを信じるぞ!」

 ブレイクはためらいなく丸薬を1粒口に入れて砕くと、たちまち彼自身の傷が塞がっていき疲労が取れていく。

「おおー!これは…!セパル!プロテ!お前らもほら!」

 そう言うとブレイクはたちまち丸薬を2人の口に放り込む。

「に、苦い…」

「確かに苦いけど…これ凄いんだよ!効き目がプロテたちが持ってるポーションとは段違いなんだよ。」

 2人の体もどんどん治癒が進んでいく。セパルに至っては尻尾まで生えてきており、きれいなグラデーションの太くて丸い尻尾が徐々に復元されていった。

「…尻尾が!」

 セパルは大きな目をより一層見開いて、自分の尻尾をまじまじと観察する。

「僕の、尻尾だ。凄い…!しかも前の色の…。」

 目を輝かせて彼はぺたぺたと尻尾を触ると、視線は合わせないがラパンの方に声を掛ける

「あ、ありがとう…凄いですね。その丸薬。」

 その照れ臭そうにするセパルの表情を見てラパンは嬉しそうにうんと頷く。

「なんたってあたしの仲間の心がこもった丸薬なんだもの。凄いに決まってるじゃない!」


 グラハムのメディシードは優れた効果を発揮することが可能だが、いくつも生産できるわけではなく、生成する際に彼自身の時間も体力も精神力も消耗する。だからラパンが持っていた丸薬はたったの3つ…小瓶に入っていた分だけしか所持していなかったのだ。だから彼女の回復手段は今や低級のポーションや薬草のみになった。

 ラパンが再度鍵開けを開始し、カチカチと鍵穴をいじりだす。が、疲れと焦りからか手元が震えて時間がかかってしまっていた。

「(落ち着けラパン。ここで焦っちゃ、威張って一人で飛び出してきた意味が無いわ。)」

 汗が頬から顎に滴り落ちる。


 が、彼女は集中するばかりで気づくことが出来なかった。頭上に迫っている影が、彼ら3人が彼女に訴える声にも気づくことが出来なかった。


「姐さん!!あぶねえ!!!」


 その瞬間彼女は意識を取り戻す。鍵は開ききってはいない。が、そんなもの些細なことであるかのように突然に彼女の体は真横に吹き飛ばされたのだ。ズンっという何かが降り立つ音と自分の体の骨がきしむ音が同時に聞こえてきた。そして数メートル吹き飛ばされたと思ったら湾曲した壁に叩きつけられる。

「うっ…グゥッ!」

 何が起きたのか彼女は瞬時に思考し落ちかけた意識を繋ぎとめる。

「(門番たちの言ってたあいつって奴が来たの…?それにしても凄い一撃…!)」

 ひどく痛むわき腹を抑えながら彼女は何とか立ち上がろうとする。が、胃からこみ上げる何かが彼女の行動を阻害してくる。それでも彼女は敵の姿を見据える。そこには今まで見たグールよりも3メートルと数段巨体で、2メートル程の骨の棍棒と骨の全身鎧をまとった化け物が仁王立ちしているのだ。


 圧倒的だ。そうラパンは思ってしまった。今までの心の無い兵器だったグールたちとは違う、その姿にはどこか気品のようなものが、それに混ざって憎悪のようなものが対峙しただけでも伝わってきた。それは尻尾のような長い一本の触手を左右に揺らし彼女に近づいてくる。


「あんた、一体何者よ?本当にただのグール?」


 つい彼女はその鎧騎士のようなグールに質問してしまう。その言葉を聞いたそれは、一度歩を止めると頭蓋骨の兜の内から腹の底に響くような音を放つ。


「いかにも。我はハイ・グール。死体を食した分だけ姿形が変わる上位の個体。その個体の中でも最上級と呼ばれる、『生きた個体をそのまま食べる』ことで魂を授かることの出来たハイブランドグールだ。」


 鎧騎士は感情の無い声でそう語る。その間に体は微動だにせず、ただただ彼から漏れる負の感情がゾワゾワと彼女の毛皮をさざ波立たせていた。

「生きた個体?あんたたちグールは、死体しか食べないんじゃないの?生きた者を襲うとしても、ちゃんと殺した後に食べるんじゃなかったの?」

「それを乗り越え、自らの運命に抗うことが出来た個体こそがたどりつくことが出来る究極の境地。それが我だ。」

「なによ…それ。滅茶苦茶じゃない!あ、あんたは何を食べたって言うのよ!?」

「人間だ。」

「…は?」

「初代の生贄。サクリファイス。クリフ・ブランダルという男を食べた。今この魂にはその名前しか記憶がないがな。」

「クリフ・ブランダル?あいつと同じファーストネーム…。でもあいつのラストネームはベルジリーじゃ…」


「今のクリフは2世代目になるな。新たな我への生贄であり、暗夜神テトラー様への生贄だ。」


 話はここまでだと言わんばかりに彼はラパンに近づいていく。そして腕をあげると持っている棍棒を振り下ろし、轟音と共に地面にヒビを生み出した。彼女はとっさに回避行動をとり、臨戦態勢に入る。

「小娘よ。無駄な抵抗などせずにその身を我に捧げれば、我が神の直接の庇護下に入ることが出来るのだぞ。」

「嫌よ!そんなの!【金牛宮】【巨蟹宮】!」

 彼女はいくつもの矢を生成し、ハイブランドグールに放つ。彼は避けようともせずその身で受けると、攻撃力・防御力減少の矢は浸透して彼にバッドステータスをもたらした。

「フン。サポートタイプの能力か。しかしその程度の小細工、我に通用すると思うのか。」

 さらに彼はラパンの方に駆け出して棍棒攻撃を繰り出してきた。得意の身軽さで彼女は上手く避けていく…が、先の一撃が効いたのか回避も紙一重だ。彼女が天蠍宮の針で攻撃を加えるが、鎧のグールに傷一つつけられない。

「ついに冒険者を食す許可が出たのだ。今までマズいアンデッドや同胞を食わされてきたのだから、おいしく頂かせてくれよ。」

 怒りの瘴気がむせ返りそうなほど強くなる。

「他の獣人たちは、やっぱり村の人たちが食べていたのね。」

「ああ、そうとも。屍喰鬼を前にしてあいつらは美味そうに食ってくれたわ。ああ…本当に美味そうになっ!」

「うっぐ…!あァっ!!」

 棍棒の振りと見せかけての尻尾での刺突が彼女の腹部に衝撃を与える。さらに地面に叩きつけられると、蹴りでの連撃がラパンにさく裂し数メートル後方に吹き飛ばされた。

「ケホッ…ケホッ」

 弱弱しいせき込む音が広い空間に虚しく響く。

「あ、姐さあああん!」

「う、うあ…ラパンお姉ちゃん…!」

「…!やっぱり駄目だったんだ…!お願いだ。僕らを置いて逃げてください!」

 何もできない自分を内心激しく攻め立てながらもブレイク・プロテ・セパルと各自ラパンに声を掛ける。

「騒々しい爬虫類どもだ。そうだ、貴様らから喰らってやろう。自分が救おうとした者が無残に食われる姿を、自分の弱さに打ちひしがれながらただ眺めるとよい。」

 そう言ってハイブランドグールはゆっくりと彼らの方に近づいていく。

「う、うあ…」

「強すぎる…なんでこんなことになっちゃったんだよ!?」

「セパル、プロテ下がれ。食うなら俺からにしろ!この化け物!」

 ブレイクが全身を恐怖で震わせながらそう目の前のグールに訴えかける。格子1つ挟んでもグールの威圧感は本物のそれだった。グールは格子をガシャン!と掴むと、ブレイクを見下しながらよだれを垂らしながら言う。

「イグアナは鶏肉の味がすると言うな。これはうまそうな個体だ。」


「何、やってんのよ…?あたしはまだ、負けてちゃいないわ。」


 そんな声が後方から彼らの耳に反響する。ラパンは傷だらけでも恐怖と痛みで震える足を抑えながら立ち上がっていた。

「まだ立つのか。胆力のある娘だ。だが、そんな状態で何ができる?貴様には我に傷一つつけられないというに。」

「確かにあたしの攻撃力じゃアンタは倒せない。でもね、あたしはこざかしいのよ。アンタみたいな脳筋、いくらでも手の打ちようがあるってものよ。」

「…口だけは回るようだな。ならばそのか弱き虚勢をくじいてやろう!小娘!」

 ハイブランドグールはまっすぐにラパンに突進してくる。

「アンタが魔法を使えなくてよかったわ。肉弾戦メインの相手なら、矢の届かない位置まで距離をとられる心配がないからね!」

 白羊宮の糸を射出し階段の取っ手に絡め、自分を引き寄せ彼女は相手の右手側に回り込む。そしてその糸を切り取り右手に持ち帰ると、さらに何本もの矢を片手で射出しグールに打ち込んでいった。

「フン。ちょこまか動いて地道に我の能力を下げているつもりなのだろうが、そんな調子では貴様の限界の方が先に来よう。」

「アンタの攻撃は基本的に大振りで避けやすいからね。鍛錬された騎士のものじゃないから隙も大きい!沢山チャンスはあるわけよ!」

 何本、何十本もの矢を撃ち込んだろうか。彼女はスキルの使い過ぎによって体力・精神力ともに限界が迫っていた。

「愚かな劣等種が。そんな針では我の鎧は砕けんぞ。」

「鎧じゃないところは弱点ってわけかしら?いいこと聞いたわー」

「…そんなフラフラの状態でどこに光明が差すというのか。時間稼ぎのつもりか?滑稽だな。仲間が来るわけでもあるまいに。」


「筋力低下6本、防御力低下15本、脚力低下8本。これだけ打ち込めばもう大丈夫ね?」


「?なにを言っている貴様。」

「冒険者なら常識中の常識。ダンジョン内でも使える超便利道具…皆持ってるでしょ?」

 彼女は自分の垂れた耳をめくり、グールにその内側を見せる。そこには黒い小さな魔道具が付けられており、所々に引かれているラインが淡く光っている。


「悪いんだけどあたしだけじゃ倒せないから…手伝ってくれる?テンソ」

「…あいわかった。」


 突如、ハイブランドグールの背後に黒い影が現れる。それはグールの体に幾本ものナイを突き刺し、さらに短刀での追撃を縦一閃に加えた。

「…なっ!?貴様は、なぜ!?ベルジリーは何をしている!?そちらは1人でも欠けたら窮地に陥るはずであろう。」

「策など無い…バカ犬が行けと言ったから来た。あっちはあいつが何とかするだろう。」

「愚かしい…わざわざリスクを冒してまで死にに来るとはな。雑魚が2匹に増えたころで我には関係ない。」


「さあ、食事の時間だ。」


 グールが棍棒の持っていない片方の手を開くと、その手の平の皮膚を突き破っていくつもの骨の弾丸が射出される。

「そんな攻撃手段を隠し持っていたの!?」

「蟲毒浄壁…!」

 テンソが片足を踏み込んで目の前に毒の壁を作り出す。骨はその軟性の壁に吸い込まれるように着弾すると、ずぶずぶと嫌な音を立てて溶けていった。

「想定済みだ。」

 が、その壁の陰に隠れるようにして接近していたハイブランドグールの棍棒による一撃が壁とテンソをまとめて殴打する。

「…ぐっ!」

 吹き飛ばされたテンソは羽を開いて勢いを殺すと、湾曲した壁に沿ってそのまま上空へと飛び立つ。

「こっちよ!【処女宮・極冬】」

 ラパンは離れた位置からハイランドグールに凍結の効果が付与された矢を放つ。それはグールの足元へ着弾し、地面と彼の足を凍らせ接着する。

「…こいつ!まだそんな無駄な抵抗を…!」

「無駄じゃないわ!一瞬の隙さえ作れれば、あとはアサシン様の領域だもんね。」

 そう言い彼女は上に向かって何本もの矢を放つ。双児宮で生成した矢たちは、すべてテンソに着弾し彼の体に吸収されていく。

「ラパンの付与術を侮りすぎたな…屍喰鬼。鎧がいかに堅牢だろうが、俺はその隙を縫うぞ?」

 上空からのテンソの連続斬りがハイブランドグールに襲い掛かる。それは的確に彼の骨が無い部分を這うように裂いていき、そして最後には一度飛び上がり兜の眼孔をその短刀で突き刺した。


「な、に…ぃ。こ、このままで、このままで死んでたまるか。死なば、もろともだぁッ!!!」


 ハイブランドグールはテンソの腕を掴み、自身の体から無数の針のようにとがった骨を突き出した。ハリネズミのように飛び出したその骨はテンソの足、太もも、腹、肩、腕を突き破る。

「…ゥガアァア!」

「て、テンソ!?」

 回避行動を取り急所はとっさに守ったが、彼の服が全身真っ赤に染まっていく。

「ハ、は。致命傷は避けたか。だがこれはどうかナぁ?」

 ハイブランドグールは針の先に銛のような返しを作る。そしてグールの体がどんどん縮小していき、その拍子で針が不規則に蠢きテンソにさらなる苦痛をもたらした。

「や、めろ…グアアァッ!」

 もがけばもがくほど彼の痛みは悪化するばかりで、引き抜くにも引き抜けない地獄とグールに取り込まれていく感覚が彼を絶望に貶めていく。

「やめなさい!アンタ、テンソを離しなさい!」

「はは。お前も俺と同じ苦しみを味わえ!生きたまま取り込まれる恐怖と絶望を!!」


 ハイブランドグールは今までの口調を捨て、ただただ魂の応じるままに叫んだ。が、その狂喜はパキッパキッという何か脆いものが折れる音で抑圧されることになった。グールがそれを見ると、今殺したはずの男に刺さっていたはずの骨がボロボロに朽ちて落ちていっているのだ。

「お…まえ。おれより頭悪いな…。おれは…毒使いだ。」

 テンソは力なく笑うと、支えが無くなった体はそのまま後ろに倒れて落ちていく。

「テンソ…!【双児宮】【白羊宮】【人馬宮】!」

 ラパンは最後の力を振り絞り3つの星霊の力を借りて、何本もの糸を射出してテンソを優しく受け止めた。

「あんた、無茶してんじゃないわよ。」

「それは…お前もだろ。ラパン。」

 二人は力なく笑ってお互いを見やる。

「な、なぜだ。俺の骨は貴様の毒程度では溶かされるはずもなく…」

「だから…お前はラパンを甘く見すぎていたと言っただろ。」

 ハイブランドグールは思い出す。彼女は自分に15本もの防御力低下の矢を放っていたことを。

「も、もしや…」


「スカスカだったぞ。お前の骨…。カルシウム不足だな。」

「ぐ、うぐああああああああ!おのれ、おのれぇっ!」

 テンソは傷だらけの体を無理やり起こし、グールを一瞥した。グールは縮小し続け、とうとう小さな骨一本を残して消滅していった。


 ポーチから小瓶を取り出すと、テンソは震える手でグラハムの丸薬を自分の口へ放り込む。

「痛ぇ…流石に治りきらないか…。ラパン、お前も使え。」

 彼は地面に突っ伏している彼女に小瓶を転がした。ラパンはそれを受け取ると礼を言って丸薬を口に運ぶ。

「ごめん。テンソ。ほんとはあたし一人でやっつけたかったんだけど…。」

「…構わない。それより早く戻ろう。」

 そう言って彼は体を強引に起こすと、ラパンに肩を貸す。そして牢屋の方に向かう。

「あ、あああ姐さん!兄貴!大丈夫か!?」

 ブレイクが心配そうに声を掛けてくる。他の2人も同様に視線を向けてくるが、ラパンは力ない笑みしか浮かべることしかできない。

「なんとか…ね?ほんと、思ったより手こずっちゃった。」

「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん。お兄ちゃん。私たち何もできなくて。」

 プロテもそう辛そうに涙目になっていた。セパルはただ黙って悔しそうな表情をしてうつむくままだ。

「気にするな…俺らは大丈夫だ。」

「ちょっと待っててね。今開けるから。」

 ラパンが開錠作業に取り掛かる。

 数分の間の静寂ののちに扉は開け放たれ、ブレイク・セパル・プロテは牢屋から解放された。

「やったぜ!姐さん!兄貴!ありがとなー!」

 ブレイクは出たと同時にぴょんぴょんと跳ね回り、自分の体に異常が無いかを確認しながらしばらくぶりの外の空気を堪能している。

「ありがとうございます。ラパンさん…テンソさん…。僕たちを助けてくれて。」

 セパルは深々とお辞儀をするとラパンとテンソをその大きな眼でじっと見つめる。

「テンソお兄ちゃん、ラパンお姉ちゃん!ありがとう!これでプロテたちも戦えるんだよ。…あ。」

 そう言ってプロテは懐に手をやり何かを探るが、すぐに目的のものが無いことに気が付く。

「プロテたち、道具を全部奪われてたんだった…。」

 そう残念そうにするプロテ。

 セパルは冷静に武器を奪われた時の状況を模索し、奥に一つだけある扉の先に村人が持って行っていたことに思い当たる。

「…ここです。この中に持っていかれました。」

「おお!俺の大剣もあるかな!開けるぜ?」

 ブレイクが勢いよく扉を開けると中には彼らの荷物が無造作に置かれていた。倉庫のような荷物置き場があり、その奥には透明なガラス製の壁が張られている。その中は冷気が漂っているようで、ガラスにうっすら白く霜が張り付いている。


 よく目を凝らしてその奥を見てみると、そこにはいくつもの死体が保管されていた。老若男女問わないいくつもの全裸の死体が磔にされてる。何分割にもぶつ切りにされたパーツが箱に押し込められている。どれも毛皮をまとっていて、頭部は獣人のものだと理解できる。内蔵が敷きつめられた容器まで丁寧に保管されており、骨以外一片残さず食用にされていることに思い当たってしまう。吐き気をもよおす醜悪に彼らは絶句し、その場に立ち尽くすしか術がなかった。自分たちと同じ種族…その亡骸がいくつもそこに転がる様は吐き気をもよおす嫌悪感を彼らに与え、その光景が刃となって脳髄まで突き刺さった。


「……クソッタレが…!」

 テンソが顔を歪め目を逸らす。

「な、なんだよ…これ!嘘だろ…」

 ブレイクが後ずさりするも、その光景から目が離せないでいた。

「見ちゃダメ…プロテちゃん外に出てて。」

 ラパンはプロテの両目を覆ってそう彼女に声をかける。

「お姉ちゃん…今の…」

 プロテは言われるがままに部屋の外に出るが、そこにはセパルが既におり、端の方でうずくまり空っぽの胃から液体を吐き戻していた。

「ごめんプロテ。情けないねお兄ちゃんは。」

 そうセパルは気まずそうに苦笑いをする。プロテは彼の背中を黙ってさすってあげる。

「これは…話に聞くのと見るのとじゃ気分の悪さが段違いね。」

「俺、嫌だな。こんなことやってる奴らがいるってことが。」

「不愉快極まりない…こいつらの悪行に、一体何人の獣人が犠牲になったんだ。」

「でも、獣人だけをクリフさんたちが食べたんだとしたら、他の種族の冒険者はどうしてたのかしら。」

「知らん…食ってなかったとしても、グール共の餌になっただろうな。」

「それって、人間もってことか?兄貴」

 テンソは頷くと、忌々しそうに表情を歪めながらこう続ける

「奴らは冒険者に対して嫌悪感を抱いている…ならば同じ種族の人だとしても行く先は死のみだろうな。」

「…ほんと最悪じゃない…。」

「俺、これ以上ここにいたくないぜ…さっさと出ようぜ。姐さん。兄貴。」

 ラパンとテンソが無言で頷き、ブレイクは全員分の荷物をまとめ部屋の外へ出てセパル、プロテと合流する。

「すみません。僕、こういうの苦手で…。」

 セパルは申し訳なさそうにそう謝る。

「いいわよ。誰だって見たくないしねこんなもの。」

「それより…これからどうするんだ?」

「もちろん!姐さんたちの他の仲間を助けに行くぜ!」

「それはプロテも賛成だよ。」

「しかし、負傷して余力も残っていない僕らが行って足手まといになりませんかね?」

 ブレイクとプロテは助力に同意するが、セパルは意を唱える。

「それよりも、僕らは出口を探すべきだと思うんだ。」

「お、俺らで出口をか!?」

「重大任務なんだよ。」

「そのほうがあたしたち的にはありがたいかも。いざとなったらすぐ脱出できるように!」

「そうだな…こっちの敵は俺らが何とかする。頼むぞ。」

 ラパンとテンソがそう同意をすると、通信魔具を取り外しお互いの情報を登録し通信できるようにする。

「託したぞ…お前ら。」

 テンソがそういうと3人の頭をぽんぽんぽんと優しく叩いていき、彼らに背を向ける。

「アンタたち無理しちゃダメよ?お願いね。」

 ラパンも彼らに手を振ってテンソの後ろを追いかける。


 ブレイク・セパル・プロテはお互い顔を見合わせて覚悟を決めた様子で頷き合った。

 
 
 

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