第一章⑥
- 藤ノ樹
- 2020年6月11日
- 読了時間: 18分
ラパンとテンソは他の仲間が戦っている戦場まで駆け抜ける。2人もかなり限界が来ており、お互いにもうほぼ戦えない状況に陥っていることは分かっていた。下手をしたら先の3人の方がまだ戦力になるくらいには体力の限界なのだ。足手まといになるのは重々承知、だがそれでも彼らは仲間の元へと向かうのだ。
扉を開けた先。そこには血まみれのロワーブがそれでもまだ立ち塞がっており、その身でグールたちの攻撃を受けていた。カトナーもグラハムも膝をついており、無数の傷がその体につけられている。ほとんど身動きすら出来ていない状況の中、互いになけなしの魔力を使って召喚もとい回復を行っている。
「ぐ、うおおおおおおおお!」
ロワーブは痛む体を抑えつけながらグールの一体に斬撃を繰り出し、その剣はグールを貫いて絶命させた。これにより残りのグールの数は5体程度までになった。しかし、それらはすべてハイ・グールで骨の鎧や肉厚な筋肉で身を固めており、残りわずかでありながら大きな壁として彼らの目の前に立ちふさがっていた。
「無事、戻られましたか。良かった…ラパちゃんが生きていて。」
「テンソ~…ごめんよ。おいらじゃロワをサポートしきれないよ。」
彼らの姿を確認したカトナー、グラハムがそれぞれ声を掛けてくる。それを遮るように
「もう戻ってこられましたか。ブランダルは…負けたのですね。」
傷一つついていないクリフ・ベルジリーがそう冷たい目線で彼らのことをにらみつけてくる。
ラパンとテンソがロワーブの前に立ちはだかるも、2人は既に足元もおぼつかなく精神力も限界を感じていた。視界がかすむ感覚に苛まれるが、2人はクリフから視線を外さずに対峙する。
「そうよ。あたしたちが倒してあげたわ。すっきりしたんじゃない?前任の亡霊がいなくなって。」
ラパンはそう挑発的な言葉をクリフに投げかけるが、彼は眉根一つ動かさずに薄く口を開いて言葉を紡ぐ。
「そう、ですね。私の逝く末を見せつけられるのは不愉快でしたから、いなくなって憑き物が落ちたようですよ。」
「行く末…貴様も生贄…ということか。」
テンソが険しい顔をして彼にそう問い返す。クリフはテンソを一瞥してからラパンに視線を戻して続ける。
「生贄…そうですね。私はサクリファイス…。あの村の者たちに祀り上げられ、まんまと自らが信仰する神への生贄に成り下った者。私はこの力を手に入れると同時に神の消耗品として、冒険者を屠る役目を担ってきたのです。」
彼は遠い過去を見やるような視線を中空に投げかけると、自らを嘲るように薄く微笑んだ。
「あんた…そんなことされて村の人たちが憎くなかったの?信仰する神様に恨み言を吐きたくなったりしなかったの?」
「後悔は既に立つ場所を失っていたのです。私はもうこの運命を受け入れることしかできない。我が神テトラ―様は何も望んではいなかったのです。ただ村人が勝手にやっただけ。我らは教えのままにただ獣共を喰らっていればよかったのに、さらに神に近づこうとしてしまった。」
「どういうことだ…?」
「我らは神に力を求めてしまった。生贄をささげるから冒険者を捕らえる力が欲しい…と欲張ってしまった。毒なりなんなりで体の自由を奪ってから喰らえばいいものを…ブランダルと村人たちは乞食のごとく我らが神から搾取しようとしたのです。」
「ですが我らが神は慈悲深く我らに力をくださった。冒険者に大きく劣る凡人たちに、崇高な力をお恵み下さったのです。その代わりに前任、ブランダルは屍喰鬼と一つとなり、神の足裏を舐める奴隷と化したのです。人としての尊厳を失ってまで。」
クリフの告解が一つ終わり、彼は大きくため息をついた。そしてもう話すことなど無いと言わんばかりに、彼は何か不気味な祝詞を奏でだす。
「あんた…まだなにかするつもり?無駄な抵抗よ!お得意の人形劇のキャストも、もう5体しかいないじゃない。」
「屍喰鬼を操る力はテトラ―様から授かったものです。確かに私はその力を大半使い果たしてしまった。だが私が生贄に選ばれた理由は、その適正があったからではありません…それはこの場所と深く結びついています。」
強い生命力を生み出す植物…遺跡全体が墓であること…そして彼の能力を今一度考えてみると、今から何が起こるかは如実に分かるはずだった。だけど彼らはたどり着くことは出来ない。長期戦での戦闘で疲弊した精神では、そこまで考え着くことが出来なかった。
「宝草【テトラグラス】に秘めし生命の輝きよ、暗き魂となりて我が傀儡として力を貸せ。」
クリフはコートの中に隠し持っていた昏い輝きを放つ何か宝石のようなものを取り出した。それはさらに鈍く輝くと、パキンという音と共に中から気体か液体か判別できないものが地面に流れ落ちて土に染み込んでいく。すると彼の周囲十メートルほどの地面に光の筋が現れると同時に、ボコリボコリと骨の兵士が何体もせりあがってくるのだ。その数は合計30体以上。それらがクリフを守るように彼らの前に立ちふさがっているのだ。
「嘘…でしょ?まだアンデットを生み出せるなんて聞いてないわよ!さっきの軍隊にだって結構な数いたのに、どうなってんのよあんたの神経!」
ラパンは身構えながらそう驚愕の声をあげる。最初生み出したアンデッドの数をかえりみれば、クリフに限界がすでに来ていたとしてもおかしくはないのだ。
「は、ハは…さすがにキツイですねこれは。ここ数日何も口にしていないのが幸いでした。」
限界はとうに来ていたようで、彼はその場に突っ伏し口内から胃液を多量に吐き出している。が、アンデッドの大群は消滅する様子もなくただ2人に対して身構え、主人からの命令を待っていた。
「貴様はなぜそこまでやる…この力があれば己を売った村人共なんて根絶やしに出来るだろうが。」
テンソはクリフに質問を投げかける。普段そこまで積極的に敵と会話せずに切り伏せに向かう彼だが、今日は体力の限界なのか多弁になっていた。
「この力は、大量に死体があり暗い場所でしか十分な効果を発揮しません。しかも発生させた場所からアンデッドどもをそう遠くまでは移動させられない…やりたくてもできなかった、というのが正解ですかね。まあ、恨んで皆殺しにしたって残るものもありませんけれど。」
クリフも途切れそうになる意識を繋ぎとめるためなのか、必死に口を動かしてそう語る。
「でも、もうこんな地獄ともおさらばです。もう私には時間がありません。皆さん早々に死んでください。」
クリフは力なく手を彼らの方へと指し示す、すると最初のろのろと歩いていたアンデッドたちは徐々にスピードを上げて彼らの方へと差し迫ってくるのだ。
「ぐっ…!」
「行くわよ!テンソ!」
二人が臨戦態勢に入り、アンデッドたちが一斉に群がってくる。
が、その瞬間銀色に光る巨躯が彼らの間を走り抜ける。それは光る一閃の剣を携えてそれはアンデッドの大群の目の前に躍り出る。
「ワオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォン!」
それは高く遠吠えをあげると、敵の軍勢はひるんだように一度動きを止め、一斉にその咆哮の正体へと殺到し始める。
「ナイスタイミングじゃない!」
「リーダー…やっと動けるようになったか。」
ラパンとテンソの呼びかけにその銀狼は振り返らずに不敵に笑う。
「待たせたな!後は俺らに任せな!お前らは休んでろ !」
ロワーブ・ファングロウは完全に癒えていない傷だらけの体を低くかがめ、盾を構えてアンデッドたちの攻撃をいなしていく。
「お待たせぇ…ごめんよ時間かかっちゃって~!」
グラハムは地面に突っ伏してふにゃふにゃになった顔をほころばせている。長時間のロワーブの回復とサポートにかなりの限界を感じているらしく、笑顔の中にかなりの疲労を感じさせた。
「おらおら!俺はまだまだ動けるぜ!こっちだ!」
そう挑発してロワーブはアンデッドたちを引き連れて走り出す。
「ふん。そんなことをしてどうするのですか。どうせあなたは何もなすすべなく倒されるのですよ。」
アンデッドの軍勢は標的を変えることなくロワーブに襲い掛かってくる。それを切り伏せては防ぎ、距離をとっては注意を引き付けて返り討ちにするを繰り返していた。
しかし、戦場をふらつく足で走り回っていたロワーブだが、ついに足元に生えていた夜光草に足を引っかけて躓いてしまったのだ。それを好機と言わんばかりに彼の目前にまでアンデッドの大群が押し寄せるが、ロワーブは不敵な笑みを崩さずに口を開いた。
「…そうだな。俺にはテンソみてえな攻撃力も無ければ、ラパンみてえに身軽でも器用でもない。グラみてえにシールドはったり回復したりできねえ…だけどな、こうやって仲間の盾になって時間を稼ぐことはできるんだぜ!なあ、カトナー!」
「ええ!皆さんお待たせしました!詠唱完了です!召喚を開始します!【フェニックス】!!」
いつの間にか詠唱を終わらせそこに凛と立っていたカトナーが大きく杖を掲げると、周囲に赤く燃える魔法陣が生まれる。そしてそこから現れたのは神々しい炎に身を包んだ不死鳥の姿だった。その炎の鳥はその戦場を縦横無尽に飛び回り、敵味方関係なくその明るい炎で包んでいく。
「力をお借りしますフェニちゃん!」 「彼の不死鳥の火焔は死に近き生者の生命を喜び、生ける屍の冒涜を払う!死者どもよ、朽ちなさい!」
その炎は味方の傷を燃やし、その傷が最初からなかったかのように消し去っていく。その炎は敵の体を包み込むと、その生命は許されざるものとして焼いていく。そして数十ものアンデッドが終焉を告げる狼煙を上げると、闘いの場に残されたのはロワーブたち一行と焼かれて残り三体になったグール…そしてクリフのみになった。
「あれだけの数のアンデッドを一瞬で…?それだけの余力をどこに残していたというのですか!?」
クリフは目を見開いてカトナーの召喚したフェニックスを見つめている。
「代償召喚…。術者と被召喚者の間に心の糸が繋がっている場合にのみ使用できる召喚術です。本来召喚に使用する魔力を被召喚者に肩代わりしてもらうのです。…その代わり…多大なリスクを背負うの…です…が…ね。」
そう言い終わることなくカトナーは地面に倒れ込んだ。
「カトナ~!大丈夫~!?」
グラハムが心配そうに近寄り、急いで残りわずかの魔力を使用し治癒の術を注ぎ込んだ。
倒れ伏したカトナーはかろうじて生きてはいるが、ほとんど虫の息の状態である。
「すまねえ…カトナー。無理させちまったな。俺が全部終わらせてやる。ゆっくり休んどけ!」
そうロワーブはクリフと対峙する。そして歯を見せて笑うと剣を構えてこう宣言した。
「俺、ロワーブ・ファングロウは今からお前を叩きのめす!覚悟はいいか?ベルジリーさんよ!」
キラリと輝く剣閃が大気を切り裂き、一つの巨躯の銀狼が鎧を鳴らし駆けだした。
残り三体のグールがロワーブの目の前に飛び出そうとしてくるが、テンソの必殺の一撃・ラパンの蠍の針・グラハムの金色雨がそれを妨害し撃破する。
「これは…私の完全敗北ですね。」
クリフは目を瞑り自らの死を認め、杖を手放して抵抗を諦める。
そんなクリフに重い衝撃がのしかかる。地面に強く打ち付けられる感覚と共に一瞬遠のく意識…だが彼の信仰する神によって無意味に鍛えられた精神は、そこでたやすく思考を手放すことを許さず、何が起こったのかを鈍い痛みの中探らざるを得なかった。
目の前の銀狼は、彼を切ることはせず、剣の側面を使用し殴打したようだったのだ。彼は奥歯を噛みしめて苦々しく表情を歪めた。
「甘い…甘すぎます。敵対した者は殺しなさい。それが冒険者として生きるための術なのです。」
彼は無詠唱で背中からテンソの羽を射抜いたものと同質の黒い手を生み出し、ロワーブにつかみかかろうとする…が、その銀狼は動かない。微動だにせずに彼を目線で突き刺してくるのだ。彼の手はロワーブを圧殺することなく、体に触れる直前で停止し消失した。
「あんたは負けを認めただろ?だったら殺す必要なんてねえよ。」
ロワーブは淡々と言葉を放つ。さも当たり前のようにその事実を口にする。
「それが嘘偽りだとしても…ですか?今のように不意を打たれることは十分にあるはずです。それでもあなたは殺さないというのですか?」
その言葉にロワーブは͡コクリと頷き、こう続ける。
「俺は頑丈さだけが取り柄だからなー。死にかけたって意地でも戻ってきてやるよ!」
そう言って二カリと笑うのだった。
「心のそこから呆れます。こんな辺鄙な場所までわざわざ依頼を受けてやって来て、それで騙され挙句に食われかけたというのに…愚者の所業です。」
「まー、俺は頭悪いからなあ…バカって言われてもなんも思わねえかなあ?」
おどけたように手を頭の後ろで組みながらロワーブは返す。
「…。本当に、馬鹿らしくなってきます。今までやってきたことが、あなたみたいなヒトに潰されてしまったのだから。」
そう言いながらもクリフはどこか呆れ顔の中に少しの笑みを浮かべているように感じた。
「結局、この事件はアンタたちが食糧難から獣人を食べ始めたのが始まりなの?」
ラパンが2人の間に割って入る。彼女はクリフに対して警戒を解かず、ボウガンを未だに構えている。
「そう…だったような気がします。始まりは、テトラ―様が現れて、そして力を与えてくださり、そこから私たちは獣人たちを食しだしました。」
「…それを聞く以上、そのテトラ―とやらが元凶みたいだな。お前たちに獣人を食べるようにそそのかしたのも…そのテトラー様とやらだったろう?」
テンソは冷たい目で彼を見下ろし、そう声をかける。もしロワーブがいなければすでにクリフは死んでいたと思われるくらいの殺気を、その目線は孕んでいた。
「テトラ―様はそのようなことはしない!我々が望み過ぎたのです。欲張りすぎたからこそ、我々はこうして破滅の危機を迎えているのです。」
「そもそも、村を救う方法なんていくらでもあったはずでしょ?国に助けを求めるとか、隣村に協力要請するとか…でもその可能性を放棄させて異常な方へを話を進めたのは誰のせいよ?」
「…テトラ―様は間違っていない…間違っているはずがありません!」
そう震えながら語る彼の体がだんだん変質していってることにラパンは気づく。爪はどこか鋭利になっていき、牙は鋭く、そして肌が徐々にゴムのような質感に変わっていっているのだ。
「あんた…その体…どうなってんのよ!?さっき見た村の人間と一緒…これじゃまるで…」
「…まるでグール…だな。」
テンソは小刀を構え臨戦態勢に入る。ためらいなくクリフにとどめを刺せるように、刀を握る手にぐっと力を込めていく。
「おいおい!ベルジリーさん!どうなってんだよ!?それ」
ロワーブはクリフに駆け寄り手を添えようとするが、クリフは先ほどの黒い手を出してそれをけん制する。
「…とうとう、時間がきてしまいましたか。私はこれより、グールに変質します。」
「嘘だろ!?なんでそんなことになっちまってるんだよ!?」
「なんとなくですが、私はいつしか私で無くなっているような気がしていました。生命と魂に携わる力を持っていたから、なおさらその変化に敏感に気づけたのでしょう。肉体も魂も、何かの力によって別物にされていく感覚が…どこかであったのです。」
その言葉を聞いてラパンは青ざめる。不気味な現象を目の当たりにして彼女は表情を引きつらせている。
「…体だけじゃなく、心までも?」
テンソの問いかけにクリフはコクリと頷いて口を開く
「そうです。心までも…どこかでネジが飛んでしまったように、本能の赴くままに動くようになってしまっていました。」
「それって…」
「そう…それはあの時テトラ―様の血をいただいてから。それから私たちは変わっていった…村人たちも…あのテトラーの手のひらの上で踊らされていたような…?あの神は…狂っている…?あの神は…まるで…そう…いうなれば…邪」
そこでクリフの言葉は遮られる。違う。遮られたのではない。元から断たれたのだ。
ロワーブ・ラパン・テンソの前から、彼の首は一瞬で切断され、宙を虚しく舞って濡れた音を立てながら地面へと転げ落ちたのだった。
「っ!おい!ベルジリーさん!?」
「…!」
「なっ…!何!?」
三人がそう言い終わるか終わらないかの内に、彼らは空を切るような音を聞き取る。そして次の瞬間。
ギィンッ!
そんな音と共に風の刃のようなものが三人の横を突き抜けていったのだ。それは、彼女らが避けたのではなく、刃の攻撃が外れたわけでもなかった。神聖魔法によって生み出された防御壁によって彼女らは守られたのだった。
「あなたは…だあれ?」
そう言いながらグラハムは風の刃を作り出した本人へと視線を刺す。カトナーはグラハムの隣で『植物で作られた彼に追従する癒しの球体』の中で横たわり意識を失ったままだ。
クリフの首をはねた者…いや、それを者と判別していいものなのかも疑問に感じるほどにそれは曖昧模糊だった。茫洋としていて判然としない…どのような顔をしているか見ようとしても、本能がそれを拒否しているかのように視界がぼやけて視認できない。体はローブのようなものを来ているというところしか語れず、男とも女とも人間とも獣人とも他の種族とも言い難い形をしている。時々ローブの中から触手のようななにかがうごめいているのが理解できるだけで、それ以外は一切の描写を禁じられているかのようにぼやけている存在だった。見ているだけで狂気に苛まれてしまいそうな…そんな危険性を孕んでいた。
『それ』は認識できない口を動かしてグラハムの問いにこう答えた。
「わrれは暗y夜神【テトラ―】…このこたtちからはそう呼ばrれてるよ。」
ぶれるように音が断続的で、まるで異世界の言葉を聞いているかのように聞き取りずらい音の羅列だった。だがそれが言わんとしていることは不思議と理解でき、妙に安心感のある説得力のある抑揚をなじませているのだ。その言葉に一瞬でも気を許せばすぐ心を奪われてしまうような危険さをもった音は、グラハムたちをより一層警戒させるに値する力を持っていた。
「…テトラー。呼ばれている?あなたには別の名前があるってことなの?」
グラハムは警戒を怠らない。自らが信仰する神からすれば明らかに敵対する神格と対峙しているのだ、いつもの緩い表情の彼とは打って変わってひどく険しい顔つきになっている。
「あrるね。いっぱい。数えkきれないくrらいに。」
「あんたはなんで…なんでベルジリーさんを殺した?あんたの…信者だったろうが。」
ロワーブは先ほど目の前で起こった惨劇にしばし呆然としていたが、そうかろうじて口を開いた。いつもの威勢は無く、声色もどこか力の抜けたような感じがした。
「そrりゃ、僕のkことを邪s神だなん言おうtとしたからさ。冒涜s者にはそれs相応のm報いを受けてもrらわなきゃね。」
そう言ってけたけたと笑うような仕草をテトラ―はした。
「あなたはなぜ、こんなことをしているの?」
グラハムがそう質問を重ねる。
「w私は、このk国のk混沌とk狂気を一d度正すtためにいる。」
「ここは異j常。あらyゆる種族がn仲良しこよし。それっtてとっても異s質だよね?気持ちw悪いよね?」
「dだからk混沌の元凶を破壊sする。そしてここnに正しい価値k観を再n認識させる。」
「人はh人。獣はk獣。種z族同士嫌悪しあって、貶mめ合うのが世のt常だから。」
「女は男tと結ばれて、同jじ同士が愛しあuうのが常だから。」
「だかrら1度、z全部k壊して、新たに産mむのさ。新しいs世界をね。」
そう言っておどけた様子で肩を竦めてそれは笑う。表情は分からないが、それは確かに笑っているように感じるのだった。
「アーク様が作った世界を、壊そうと言うの?この素晴らしくて美しい世界を!」
前に出ようとするグラハムを、ロワーブが制止する。
「そうsそう。壊しtて作り直しtて…それで僕g好みの狂k気と混t沌をこの国nにプレzゼントしてあげるんだよ。」
「でも本t当に可哀s想なネズミtちゃん…すっkかりあのj邪神に魅r了されちゃっtてるんだね。」
「かのj邪神は混t沌と狂k気をばら撒kく。そんなの、b僕と一緒じゃnない。私のm真似されtちゃ不y愉快なnんだよね。」
不愉快そうな素振りは一切見せずにそれは笑顔を振りまいている。
グラハムはふと、両手を前に掲げると周囲に多量の光を放つ魔法陣が展開される。
「…貴方はアーク様を侮辱した…それはこの国を敵に回したとも同義。おいらはこの国に住む者として、アーク様の敬虔なる信徒として、貴方を排除します。」
そしてその魔法陣がゆっくりと回転していくと、そこに徐々になにか光の粒子のようなものが集まっていくのを感じる。
「グラ…それ…。お前、もう魔力が無いんじゃ…!」
ロワーブがその様子に驚愕した表情を浮かべてグラハムに近寄ろうとする。
「ダメだよ。ロワ。これは最上位の神聖魔法…アーク様に仇なすような邪神に対してのみアーク様の力を直接借りて行使することが出来るんだよ。でも危険だ。近くにいたら巻き込まれちゃう。だから離れて。」とニコリと笑う。
光の収束速度が上がっていく。周囲の空気がそのおびただしい神性によって悲鳴を上げているのが分かる。グラハムの体もそれに従って擦過傷のようなものが至る所に生まれていっている。血がダラダラと傷口から流れ出る事を、グラハムは気にした様子もなく魔法の展開を早めていく。
「グラハム…!あんたダメよ!これ以上やったら傷がっ!」
「ラパン…下がれ!危ないぞ!」
テンソとラパンの両名が圧に耐えきれずに距離を取った。ロワーブは変わらずそこに立っており、ただその力に圧倒されていた。
「逃げるなら今のうちだよ、邪神テトラー。まぁ、もう神性の磁場が形成されてて逃げるに逃げれないだろうけどねぇ。」
そう言うグラハムに対してテトラーは無言で無数の風の刃を作り出し、連続して射出する。だがその刃は全て軌道を変えると、形成されていくエネルギー体の中へと吸い込まれていった。
「なぁrほど、これhは確かにy厄介だ。まさkか一介nの信者でしかないねzずみにまで、直接t力を貸すなんて。ホント、愚かnの極みだよ。これはさsすがに、僕nの手には負えないなぁ。」
やれやれと言った感じで肩を竦めるそれは、諦めたように肩をだらんとして項垂れた。
「だから!彼なら殺ってくれるよね!」
両手をバッと広げるそれ。そしてグラハムの背後で蠢く影…そこには首のないベルジリーの死体が立ち上がり、片手をグラハムの方向へと向けていた。彼の中に残留していた魔力を一点に集中して、真っ黒なエネルギーが今にも解き放たれようとしている。
「グラハムっ!危ない!」
「避けろ…!!」
「…え?」
グラハムがそれに気づいて振り向いた時には既に遅かった。その死に至る黒い槍は真っ直ぐ彼の胸元へ目がけて発射されたのだ。
その一瞬は、グラハムにとって今までで1番長い刹那であった。黒い死がゆっくり近づいてくるのが一コマ一コマ切り取ったように視界に張り付いていく。あぁ、おいらは死ぬんだな。そういう悟りを開き、同時に自分の崇拝する神の大敵を仕留めることが出来なかった後悔が胸を埋め尽くす。そして最後に、仲間を残して逝くことに深く懺悔した。
1つの影がグラハムの視界を遮った。そこには2メートル近い大男が、彼を死から分断していた。
「ロ、ワーブ…?」
グラハムがそう言葉にした直後、ロワーブ・ファングロウの心臓は黒い槍に貫かれた。
銀色に輝く彼の体毛は赤い薔薇が咲き誇り、どす黒く染まっていく。
「グ…ラハ、ム…い、きろ…」
そんな弱々しい声がグラハムの耳に反響する。
「ロワーブううううううううううう!!」
ガシャりと力なくロワーブ・ファングロウは地面に倒れ伏した。胸元に赤い花を咲かせながら、彼は静かに息を弱めていくのであった。
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