第一章③
- 藤ノ樹
- 2020年1月27日
- 読了時間: 19分
「ワオォォォォォォォォォォォォン!」 銀狼の遠吠えが狭い戦場に反響する。その声はグール全体に響き、彼らの注目がロワーブの一点に集中する。そしてそれらは彼に我先にと殺到しだした。 「スキル展開!【二枚舌】!詠唱を開始します!」 カトナーがそう言うと、彼女は召喚術の詠唱を始める。 「ラパちゃん!グラちゃん!ロワ君に防御力の強化と継続回復を!テン君は1回暗闇に紛れて奇襲を!」 詠唱をしているというのにカトナーの声でそういう指示が飛んでくる。仲間たちはカトナーの指示通りに動き出す。 カトナーの使用した【二枚舌】は彼女特有のスキルで、同時に声を2種類発することが出来るというものだ。それを使って彼女は召喚術の詠唱を行い、パーティ全体の行動を読み取って指示出すという役割を同時に行うのだ。 この世界のヒトは3種類の特殊な力を持つ。1つは種族特徴…例えばテンソで言えば超音波が扱え、魔力を消費して羽根で飛ぶことができると言ったもののことだ。各種族の特徴のようなものだ。 2つ目は魔力…言わずもがな魔法を行使するための動力源で、様々な用途に使用される力のことだ。マナは大地から出てきたそのままの状態のことを言い、魔力はそのマナを1人1人の体に合わせて変換し適合させることで魔法に使用可能になる。 3つ目はスキル…個人に備わった特殊能力で、その力は千差万別である。使用には体力と精神力が必要になるが、魔法よりも個人に根深く関わってくるものなので、より強力なものに進化する可能性があるのだ。一般に強力なスキルを持つものは魔力が低い傾向にある。 それら3つが冒険者にとって欠かせない戦いの能力だ。 「展開!【巨蟹宮】!」 ラパンが左手に装着していたボウガンを開き、そう叫ぶ。その瞬間ボウガンの先、伸ばした左手の先に6と9が向かい合ったような紋様が浮かび、右手をそれに添えて引くと赤い光の矢になって伸びていく。 ラパンのスキルは【星霊の矢】と呼ばれているものだ。彼女はほとんど魔力を有していない代わりに、強力なスキルを持っている。【星霊の矢】は彼女の住んでいた星見の森の12星霊の力を借りて、自他共に様々な付与効果を施すことが出来る能力だ。【巨蟹宮】の力を借りれば相手の防御力を付与したり減少させたりすることが出来る。 彼女は構えていた矢をロワーブに射出する。その矢は彼に突き刺さらず、浸透するようにロワーブの体に溶け込んでいく。 「センキュー!」 「おいらもやるよ!脈動治癒【ペチュニアの種】!」 グラハムは聖職者の称号なので、神聖魔法を使用する。神聖魔法は勉強して取得するものではなく、深い信仰により使用可能になる魔法だ。アークから授けられるその魔法は治癒や防壁を張るのに適している光の属性の魔法なのだ。 「よっしゃ!どんどんかかってこいグール共!!」 再度彼は雄叫びをあげる。 ロワーブは魔力は低く、スキルも発現していないという珍しいケースである。だから彼は日々鍛錬を怠らずチームの足を引っ張らないように並々ならぬ努力をしているのだ。少ない魔力は自己の戦闘力強化と【ハウリング】という敵の注意を自分に向ける魔法に充てている。 「おらぁ!」 ロワーブが斬撃でグールを一体倒す。 「当たりなさい!【双児宮】【巨蟹宮】!」 ラパンがⅡを上下から2本の線で押し潰したようなシンボルと、巨蟹宮のシンボルを展開し矢を放つ。その矢はどんどん増殖し、4本程になりグールに襲いかかる。全ての矢が4体のグールに刺さると防御減少の効果が付与される。星霊の矢は威力はそこまで高くないが、こうして組み合わせることが可能なのだ。 「3体目…!」 テンソが影から飛び出しグールの首を小刀で1体はねる。そして再度闇に紛れると、別のグール2体に対し紫色の液体を射出する。その液体がかかったグールは悶え苦しみ、しびれたように動きを鈍らす。その隙を突いて一度にその2体の首を難なくはねていく。 テンソは『スキルが強力なもので、魔力が低い』というラパンに近い能力配分だ。が、役回りとしては全く違い、物陰や暗闇に隠れ期を伺い敵の隙を突く戦法を取っている。瞬間攻撃力はロワーブを優に上回り、一撃必殺の戦闘特化型だ。スキルは様々な毒を操る能力で、先ほどは神経毒を放ってグールの動きを鈍らせてとどめを刺すというえげつない攻撃を仕掛けた。 「流石テンソ!仕事が早いな!俺も負けねえぞ!」 そう言ってロワーブも2体3体と処理をしていく。ラパンの矢とグラハムの脈動治癒により、彼の体は攻撃を一手に受けていたにも関わらず傷はほとんどついていない。こうして戦闘開始20分で既に大半のグールが片付けられた。 「お待たせしました!召喚…マンダちゃん!グラちゃん、炎撃に備えて下さい!」 「わかったよ~。防御魔法『抱擁』ターコイズ!」 カトナーの声と共に炎をまとった1メートル代のトカゲ…サラマンダーが召喚され、グールたちに向けて炎が放射状に射出される。グラハムも祝詞を唱え、水色半透明の球状防御壁をラパン・テンソ・ロワーブに展開する。3つの球体の合間を火炎の海が広がっていく。残りの5体のグールが焼かれ体力を削っていく。 「今です皆さん!」 「シールド解除するよ~」 炎が弱まり、グラハムが展開した防護壁が分解されていく。そこから3人が飛び出しグールたちにとびかかる。ロワーブとテンソが2体ずつに切りかかり処理していく。 「やるわよ!【天蝎宮】!」 ラパンの指先にmの右先に棘が生えたようなシンボルが展開され、それが紫の光を放ち矢にはならずに左手にまとわりついていく。その光は針のような棘のような鋭い形になり、ラパンはグールに駆け出していく。その針はやけどだらけのグールの胸に突き刺さり、そのグールは絶命した。 「よっしゃ!余裕余裕!完全勝利だぜ!」 「低級の魔獣でしたら数が多くてもなんとか処理しきれますね。」 「5人いると割と余裕だよねえ~。でも3人だったら大変そうかも。」 「あぁ、あたしたちより前に来たっていう冒険者たちが3人って言ってたわよね。大丈夫なのかしら?」 「…大丈夫なのを祈るしかないな。」 「まだどっかで戦ってるかもしらねえしな!出口の目星さえついたら探しに向かおうぜ!」 各々が戦闘から気持ちを切り替え、探索に戻る。 「やっぱ怪しいのは左に行った門番の扉だよねえ。」 「ですが、下手に刺激して増援を呼ばれても困りますしね。探知の魔法でも仕掛けられていたらテンソ君でも近づけませんし。」 「…あの辺りは隠れる場所がないから、隠密は使えそうにない。周囲は明るかったから暗闇にも紛れない…。」 テンソは足跡が付かないようにトントンと靴裏に付着した煤を払う。 「やっぱ一旦出口を見つけて、そこから門番の扉を攻め込んで中を確認して脱出するのが一番のようね。」 「ま、出口探してる間に3人を見つける可能性もあるし、なんとかなるんじゃね?」 「さすがロワ~前向きだねぇ。」 5人はそう会話しつつもゆっくりと前進していく。 「そうよ、そもそもここは異世界なんだから、風が吹いてくる方に向かったって元の世界へ戻れるとは限らないんだからね?最悪地下世界みたいなのが広がってる可能性だってあるんだし。」 「とりあえずわたしたちは堕とされてきたので、上に向かえば脱出できるのは確実です。風の方向とそれを目安に出口を目指しましょう。」 「…そうだな。敵に見つからないように気をつけよう。」 しばらく歩き、一行は巨大な両開きの扉の前に出てくる。いかにも古めかしい模様の描かれた植物のツタの這った扉で、分厚く重たい石でできていることが分かる。 「お、ここいかにも怪しくねえか?開くかな?」 「待って。ちょっと中の様子を確認したいわ。」 そう言ってラパンは壁に耳を当てて動き回る。どうやら隙間や薄い壁のある場所を見つけて聞き耳を立てるつもりのようだ。 「うーん。壁が厚いからなんとも言えないけど、気配みたいなのはないわね。」 「おぉ~。じゃあ入ってみようよ~。」 一行は片方の扉だけを押して隙間を作り、そこから滑り込むように中に入っていく。 中は奥行きと高さが広い空間になっているようで、太い柱が一定間隔で並んでいる以外は特に変わったものは見受けられない空間だ。床は土でできている。夜光草がそこかしこに這っており、回廊よりもとりわけ強い光を放っていた。 「こんなに草が這っていたら、迂闊にサラマンダーは呼べなさそうですね。さっきはその心配はありませんでしたけど…。」 「…ここは一体何に使われていた遺跡なんだ?罠も無ければ部屋もほとんど見当たらない…。」 「それはあたしも分かんないわよ。ここじゃ、うちらの常識は通用しないからね。でも調べてみる価値はある。」 そう言いながらラパンは周囲の壁と柱を調べ始める。グラハムは夜光草が気になるのか屈んでそれらを観察している。 「夜光草はイグサルヴでも珍しいながら見るものだよねぇ。滅多に拝めないからあんまり解明されてないけど、魂の宿り家って別名があって、夜光草には魂の影響を受けて光るって伝承があるよ~。薬草としては全く使えないからおいらも詳しくは全然知らないや~」 植物学や薬学に詳しいグラハムが夜光草をいくらか摘みながらそう言う。 「こんなに生えてんのはなんか関係あんのかねー?てか、足元は普通に土なのも遺跡としては珍しくね?遺跡って言ったら全体石造りの方がしっくりくるけどなー。これじゃあまるで洞窟じゃねえか。」 「土自体は珍しい種類のものじゃないとは思いますが、結構深くまで土で構成されているようですね。いっそのこと掘ってみますか?」 「あ、ねえ!あんたたち、隠し扉があるわよ!ここ!」 ラパンが壁の一点を指さしながらそう叫んだ。皆が集まって来てそこをまじまじと見ると、うっすらと隙間のような線が見えるのが分かる。 「おおー!でかしたぞラパン!隠し扉とか、ダンジョンっぽいじゃねえか!」 「…開けれそうか?」 「うん。大丈夫そうよ!開けてみるわね。」 ラパンが扉を押すと、ズズズという擦れる音と共に開いていく。中心を軸とした回転扉のようで、5人は吸い込まれるようにして中に入っていく。中は非常に暗く、夜光草が生えていないことが理解できる。グラハムが持っていたカンテラに再度火を点けると、中の様子が明らかになる。 そこは、10メートル四方の部屋で地面からは多量に夜光草とは違う種類の草花が生えている空間だった。グラハムがカンテラの光の範囲を広げ、奥まで照らすと彼らは目にすることだろう。そこには台座の上に立った石像があった。が、その姿は彼らの知る聖樹アークのものでもなく、その化身とされる美しい女神のものでもなかった。そこには形容しがたい異形の気味の悪い物体が、5メートルほどの高さでそびえたっていた。触手なのか布なのか言い表せない妙な足っぽい樹木っぽいものがそこかしこから生えており、顔と呼べるようなものも無く目は不規則に適当にちりばめられている。所々にいろんな種族の手足が伸びており、それはまるで今から腐り落ちていくかのように醜くただれていた。妙に精巧に作られているその像は見る者に異常なほどの不快感を与え、今にも動き出さんとその存在感を放っている。祭壇のようなものが置かれており、そこには何かの骨が置かれている。 「わあ…これはやべえな?」 「なにこれ気持ちわるっ!なんの石像よ!これ。」 「なにかの偶像でしょうか?信仰対象としては到底見れませんが。」 「…至極不愉快だな。こんなものを崇める奴の気が知れん。」 「イグサルヴでもアーク様以外に信仰する教徒もいるって聞いたことはあるけど、アーク様に仇名すようだったら看過できないかもねぇ。」 「そもそも、この石像だけ妙に新しいように感じるのですが、もしかして後から持ち込まれたものだったりするのでしょうか?」 「おいらはそんな感じがするなぁ。周りの草とか意図的に刈り取られてるし、そもそも元からあったら床は石づくりのはずでしょ~?わざわざ不安定な土の上にこんな大事そうなものを配置するかなぁ?」 「グラハム…大分機嫌悪そうだな…。」 「そりゃあねぇ~もし邪教の類だったら根っこの部分から潰しておかないとアーク様に被害が出ちゃ困るからね~」 グラハムはいつもと変わらないしゃべり方と表情だが、カリカリと持っている杖を爪で掻いている。 「おいおいグラ。言ってること大分怖いぜー?深呼吸して落ち着こうぜ?」 そう言ってロワーブはグラハムの頭を撫でる。それにグラハムは少し落ち着いたのか、大きく深呼吸して息を整える。 「…うん。ありがとう、ロワ。落ち着いたよ~」 「でもやっぱりこれは見過ごせないなぁ。外に出たらちゃんと報告しなきゃなあ。」 続けてそう言うと、グラハムは腰を落として足元に生えている膝丈くらいの草花を確認する。 「これは、イグサルヴには無い植物だ~。ちょっと調べてみるよ。【ヒソップの禊】」 その草花を二房摘むと、グラハムは毒性浄化魔法をかけた後、その植物を口に含みほお袋に蓄えた。そしてしばらくもぐもぐ動かしたと思うと 「毒はもともと無い植物みたいだねぇ。それでこれ、珍しいことに生命力が極めて高いみたいだねぇ。薬草というよりかは朽ちない草って感じかな?ちぎってもすぐ生えてくるや。研究して上手く調合したらかなり効能のいい薬が出来ると思うよ~。」
グラハムのスキルは【メディシード】と本人がそう名付けていて、口内に含んだ植物の効能を調べることが出来るという能力だ。しかし名前や生息地、特性までは調べることができない。あくまで薬草としてか毒草としてか判断できる程度だ。ただ、この鑑定能力はもう一つの力の副次的効果であるとしか言えない。グラハムの【メディシード】の本来の能力は、『口内に含んだ植物を調合し、種として生み出す力』だ。最低一時間以上の時間を要するが、彼の場合ほお袋の中に納めておくだけで薬が作り出せるので非常に経済的で便利な能力と言える。
「でもなんでここだけ生えてる植物が違うのかしら?他のところはずっと夜光草が生えてたのに。」
「…この像が関係あるんじゃないのか?」
「植物が生えたのが先か、石像が置かれたのが先かも分かりませんしね。」
「…っんだーーーー!!わかんねえことだらけじゃねえか!」
ロワーブがしびれを切らしたように頭を掻きむしり雄たけびをあげる。
「考えても考えても答えが出ませんものね。学者でもないんですから…仕方ないですわ。」
「カトナー先生がそう言うならもうお手上げだよね~」
「とりあえず…ここには何もない。長居しても無駄だ。出るぞ。」
そう言ってテンソが入ってきた扉を開ける。一同が元の広間に出ると、ふと感情の無い声が一堂に対して発せられた。
「そう上手くはいかないものですね。10体いれば捕まえられると思っていたんですが。」
そこにはクリフ・ベルジリーが陰気な表情をしてロワーブたちをにらみつけている。
「残念。本当に残念です。まさか私が直接手を下さなければならないことになるとは。」
「あ…あんた!どの面下げてあたしたちの目の前に現れてんのよ!」
「…殺す。」
ラパンとテンソが臨戦態勢に入るが、ロワーブが彼らを制止し一歩前に踏み出る。
「なあ、教えてくれよクリフさん。俺たちに何の恨みがあってこんなことやるんだ?」
ロワーブのまっすぐな瞳にクリフはピクリと眉を動かし、口をゆっくりと開く。
「恨み…恨みなどありませんよ。私はただあなたたちを喰らいたくてここにいるのですから。」
「く、喰らう!?それってどういう意味だよ!?俺たち、ただあんたからの依頼をこなそうとしただけじゃねえか。」
「ですから、その依頼こそが罠なのですよ。喰らうというのは、そのままの意味です…食べるのです。」
「あなたたちはカニバリスト…ということですか?」
「いえ?私たちはカニバリストではありません。だって…人間が獣を食べるのは当然の事でしょう?」
「はあ!?あんた頭沸いてるんじゃないの!?普通人間が獣人を食べたりしないわよ!」
ラパンは恐怖と怒りがないまぜになったような表情になって、前のめりに訴えかける。
「おいらたちおいしくないよ~?食べてどうするのさ~?」
「あなたたちはそこらの獣と同義ですよ。したがって食べ物と同義なのです。人間の糧になるのが獣…それが道理。他国ではそれが常識です。」
「他国?いくら封鎖されているとはいえ他の国の文化でも人間が獣人を食べるなんて話は聞いたことがありません。」
イグサルヴは現在鎖国状態で、他国との交流は原則禁止されている状況である。理由はこの国の特異性にある。性別年齢種族問わず縁を結び子をなすことが出来るということは他国ではまずありえないことだ。永遠の愛を誓いあってアークから落ちる種によって子を授かることができるこの国は、いわば他国から見れば異質であり不気味…理解しがたいものは受け入れられないというのはどの世界においても当たり前の道理なのだ。だからその迫害から自国民を守るため、女神は他国からイグサルヴを封鎖することにした…と言い伝えにはそう書かれている。
「人間は古来から獣を食べ、獣人を隷属させ生きてきました。なのに何ですかこの国の体たらくは。当然のように街を他種族が闊歩し、あたかも私たちと平等のように接してくる。不愉快極まりありません。」
「不愉快だから食べるのかよ!?それは筋が通ってねえぞ!?」
「いえ、 食べるのはこの際どうだっていいのです。別の問題ですので。」
「一体どんな問題があってあなたは私たちを貶めたのですか?」
カトナーが混乱した様子でそんな質問をする。
「私たちの村は見ての通り周りに畑も牧場も作れない、非常に立地が悪い特殊な場所にあります。」
そうクリフは語りだす。
「3年前のことです。唯一の食料源であったここカテルナ遺跡が、突如異界化してしまったのです。本当に突然、ダンジョンとなったのです。」
「それまではこのカテルナ遺跡の地下に住んでいた動物たちを狩って私たちは細々と暮らしていたのです。なのにダンジョン化したせいですべてが台無しになってしまった。」
ダンジョンというものはほとんどヒトの寄り付かない場所にひっそりと現れる。今回のように遺跡が丸々異世界になることもあればぽっかりと穴が空いたように入り口が開く場合もある。遺跡がダンジョン化する場合は元の遺跡の状態とは全く異なった状態になるため、住み着いていた生物などは外に追い出され住処を失ってしまうのだ。
「住処を失った動物たちは別の肥沃な土地へ逃げていき、食料のない私たちだけが虚しく取り残されたのです。ダンジョン内に入ってみてもあるのは食用に適さない雑草ばかり、食料になるような獣もいなければどうやって私たちは生きていけばいいのでしょう?」
「そ、その後あんたたちはどうやって生き延びてきたのよ!?」
「私たちはこの国を恨みました。ダンジョンはこの国でしか発生しない特殊な現象。この国に住んでいなければ私たちはこんなに苦しむことはなかったのに…と。」
ラパンの質問は無視し、続けてクリフは話し出す。彼は感情の感じさせない両目を虚空に向けて口を開く。
「ここがダンジョンとして認定されれば、冒険者がこぞってこの村にやってくる。他種族の多い冒険者に村を踏み荒らされることは、もともと他種族嫌悪の強かった村の者たちにとっては忌避すべきことでした。」
「そんな絶望的な状況に嘆き悲しんでいた最中、一筋の光明が降り注いだのです。」
「【暗夜神:テトラー】…かの神は自らをそう名乗りました。」
その名を示した時、彼は恍惚な感情を露わにし両手を広げる。周囲の気配が一瞬、彼独特の禍々しい魔力によって淀んだかと思えば、たちまち収束して彼はいつもの無表情に戻っていた。
「テトラー様は愚かな我々の前に現れ、道を示して下さいました。『汝ら、人間を愛せよ。かの邪悪な樹神に惑わされることなく、自らの信条を貫きすのだ。獣を喰らい、人としての勝利を治めるのだ。』…そう仰いました。」
「滅茶苦茶な理屈だな…。そのテトラーとやらは神のくせに、えらく人間贔屓するんだな。」
テンソがイラついた様子で小刀に手を添える。
「テトラー様は人間贔屓をされている訳ではありません。混沌に侵されたこの国をあるべき姿に戻そうとされているのです。…この国の異常性を不快に感じ、人間が人間らしく生きられるように『原初へ還す』のがあの方の御心でございます。」
「それを人間贔屓って言うんじゃないのかなぁ?」
グラハムは不愉快そうに顔を歪めてそう言う。
「それで、あなた方はその後どうされたんですか?…食べたのですか?本当に」
カトナーは冷静にそう質問するが、声色が所々震えている。
「神は、私たちにその御身の血を飲ませ、力を授けて下さいました。村のものたちには多量の魔力を…村長である私にはグールを操る魔法を…。」
「質問に答えろよ。クリフさん。あんたは…あんたらは本当に獣人を食ったのか。」
「…ええ。ええ。食べましたとも。とても美味しく。最初は隣村の獣人たちから、そしてのこのこ依頼を受けてやって来た冒険者たちまで、…根こそぎね?」
「…ッ!あんたって奴はっ!それでも人間!?」
「人は…普通獣人を食わない。お前らは既に人の道を外れちまってるのを、分からないのか…?」
テンソとラパンが激昂しクリフに襲いかかろうとするが、ロワーブは2人の腕を掴んでそれを無理矢理止める。
「離してよ!リーダー!今の話聞いてたでしょ!?」
「ロワーブ…邪魔するな。村の人間もアイツも全員殺す。」
「待って!2人とも!許せないのは分かりますが、それでも殺してはダメです!そんなことをしては私たちだってヒトの道を外れてしまう!」
「アーク様に顔向け出来なくなるのは嫌だよおいら~!」
グラハム、カトナーも2人を押さえつけ、もみくちゃになる5人。そんな中
「…な。」
クリフが顔をうつ向けそう何かを呟いている。
「ふざけるな!貴様らケダモノが人間を語るな!人の道など語るんじゃない!汚らわしい貴様らを食して自然へと還すその摂理の美しさが、なぜ分かりませんか!?私たちオルコ村の民は…隣のケダモノ共の村にずっと不等な扱いを受けてきた!そしてこんな辺鄙な場所に追いやられて貧相な資源の中生きていく虚しさを、貴様らお強い冒険者さん方にゃ分かりやしないでしょうよ!私たちはいつだって貴様らに一歩劣って評価されてきた…その屈辱が分かりゃしないでしょうよ!正直言いましょう!私はただただあなた達獣人が憎い!憎いから殺すのです!憎いから吐き散らしながら喰らうのです!!」
長い長い彼の叫びが終わったと思うと、彼は持っていた杖を振りかざす。そして地面にいくつもの魔法陣を発現させ、無詠唱でこう叫ぶ。
「さあグールどもよ!あのケダモノ共を捕らえなさい!」
その数おおよそ100を超えるグールが、この広い空間を埋め尽くすかのように魔法陣から現れる。
「そしてこれが私の力!おいでなさい!生ける屍共!!」
クリフのその叫びと共に地面からボコボコという音と共に何かがせりあがってくる。ボッ!という音と同時に出てきたのは、白い手割れた頭、繋ぎ合わされた骨、骨、骨。それは動く骸骨…無数のアンデッドだった。しかもその頭は人間のものではなかった。獣人だったものの頭骨なのだ。
「これは私のスキル【生命力を魂に変換する】邪道の力!さあ行きなさい逝きなさい!幽鬼のケダモノ共よ!」
「な、何よあれ!あんなのアリなの!?生命力を魂に変換って…何から何まで滅茶苦茶じゃない!アイツ!」
「これはまずいですよ!一旦引きましょう!勝ち目がありません!」
「で、でも囲まれちゃってるよ~…ど、どうしよう…。」
「…おい!リーダー!なんとか言ったらどうだ!?クソ犬!」
ロワーブはラパンとテンソの腕を変わらず掴んだまま微動だにせず目をつぶっている。そしてゆっくりと目を開くと、鋭い牙を見せながらニヤリと彼は笑みを浮かべた。
「俺はな、人間とか獣人とか難しいいざこざはイマイチよくわかんねーんだ。だけどよ、折角お前らのことを心配して依頼を受けてくれたヤツらを、騙して食うなんてことするのはクソッタレのやることだってのは分かるぜ?俺はこう見えて腹の中煮えくり返ってんだ…だから1発殴られせてくれよなー!クソ野郎がっ!」
「ワオォォォォォォォォォォォォン!」
銀狼の咆哮が広い空間を反響して開戦の幕が開ける。彼の仲間はその声を聞き、即座に態勢を立て直す。そう、これから本当の戦いが始まるのだ。彼らの命を賭した長い長い戦いが始まってしまったのだ。
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