第一章①
- 藤ノ樹
- 2020年1月27日
- 読了時間: 17分
朝露が静かに街路樹を濡らし、薄っすらと建物にかかる霧によりどこかこの街が異世界に誘い込まれたように感じさせる。まだ大分朝早いせいもありロワーブ以外のヒトの気配は見受けられない。コツリと石畳を踏みしめ朝の匂いを肺いっぱいに吸い込むと、風を切ってダッと駆け出す。朝の鍛錬は彼の日課で、毎日欠かさず続けている。街を出てかなりの距離を走り抜け街を一望できる丘まで来ると、朝霧の中の大きな影が彼の目に入ってくる。その霧は時間とともに徐々に薄らいでゆき、その影の正体を現わしていく。 それはとてつもなく巨大な樹であった。ロワーブが住むこの街が小さく見えるくらいに広大で、高い。この樹はこの国がこの国たらしめる存在であり、さらに国民にとっては崇拝の対象となっている神の御姿なのだ。街のさらに奥に座し周りを森に囲まれたその聖樹は、その広大な幹に水の流れを生み出し、それが川となり森の周囲を巡り街中を流れて国中に恵みを届けている。伝承では聖樹の樹芯から枝分かれになっているくぼみが泉となっていて、そこからは無限に清らかな水が湧き出し続けているらしい。それが聖樹【アーク】の御姿である。 彼はもう一度大きく深呼吸をし、その大きな瞳に聖樹を映す。そして両指を絡ませ目を閉じると、こう言葉を紡ぐ。 「世界樹であり聖樹【アーク】よ。どうか俺たちの旅が無事に終わりますよう見守ってください。」 途端、一陣の風が彼の銀髪を優しく撫でる。彼はそうして確信する。きっと神は俺たちを見ていてくれる。己を信じて仲間を守れば、きっと大丈夫だ…と。 「ロワーーーブーーーー!」 そんな彼を呼ぶ声が他に誰もいない丘に響き渡る。その声は彼にとって一番安心できる声で、ずっと一緒だった幼馴染のものだった。 「ようグラハム。おはようさん!」 彼は馬車を降りて駆けてきた背の低い小太りのハムスター…グラハム・J・フィディックスに片手をあげてそう挨拶をする。 「やっぱりここに来てたんだねぇ~。先越されちゃった~」 「ま、いつもやってるからな!ここまで走って来るのも慣れたら案外余裕なんだぜ?」 「あ、やっぱり走って来たんだねぇ…いつもよくやるよね~絶対おいらにゃ無理だぁ。…アーク様にお祈り捧げたの?」 「おう!もう終わったぜ。グラハムもやるんだろ?」 「勿論~。さ、おいらもお祈り捧げちゃおっと~」 ロワーブが鍛錬が日課だというのなら、グラハムは聖樹に祈りを捧げるのが日課なのだ。聖職者らしく片膝をついて大樹を模した十字架を両手に持ち祈りをささげる。そのグラハムの様は今までのんびりとした調子で話していた彼とは打って変わって、敬虔なる信者として祝詞を紡いでいる。 「全を赦し個を尊ぶ寛大なる我らが主よ、その分別なき御心を以って我らに救済と福音の慈雨を注ぎ給え…」 そういった言の葉の群れが朝の冴えた空気に浸透していく。厳粛な数分間の祝詞が終わると、グラハムはすっきりとした表情で語り出す。 「アーク様は、おいらたち獣人族と他の種族が皆仲良く暮らせるようにこの大地を作って下さった。老若男女関係なく、種族の観念に囚われずにおいらたちがこうして生活出来てるのは素晴らしいことなんだよねぇ。おいらたちはアーク様の種から生まれ、そしてアーク様に還っていく。それに感謝しないといけないよねえ。」 聖樹アークの根元で愛を誓い合った者同士は、アークより子を授かることができる。それはどんな2人だろうとお互いの中に愛さえ示されれば平等に施され、種の中に2人のどちらかの種族に似た子か、もしくは珍しいケースだがお互いの種族特徴が複合した状態で授けられる。だから聖樹【アーク】は繁栄と愛の神とされていて、国民全体から信仰されているのだ。 「さ、おいらは馬車で帰るけど、ロワはどうする~?一緒に乗って帰る~」 といつもののんびりとした口調になり、そう誘ってくる。 「俺はもうちょい素振りしてから帰るから先帰っていいぞ!また後で落ち合おうぜ!」 そう。今日は先日話していた依頼の為に村へ向かうことになっているのだ。普段そこまで信心深くないロワーブが祈りを捧げたのもその為だ。彼が戦いに出るときは必ず【アーク】に無事を祈るのだ。 一時の別れを告げた彼らは各々の移動手段で準備の為に動き出す。ロワーブは少しの鍛錬の後再度家までの道程を走り抜け、自宅に戻ってくる。聖樹があり、国の首都であるこの街【グレアー】はかなり広大で、街の端から中心地までの道のりでも結構な距離がある。それを一気に駆け抜けるロワーブがいかに強靭な肉体を持っているか想像に難くないだろう。 そんな巨大な聖樹【アーク】が恵みをもたらすこの国全体が、非常に広大な国家であることは容易に想像できる。果てしない海に囲まれた大陸そのものがこの国【イグサルヴ】であり、五つの大都市から形成されている。聖樹を中心に寒冷地帯・砂漠地帯・荒野や山脈、火山島やリゾート開発されている島まである。それほど広大な大陸を一つにまとめているのがイグサルヴ国であり、アークの神力である。 「よっしゃ!旅の準備だ!」 彼は目を光らせ子供っぽくワクワクした様子を隠しもせずに自宅に入る。彼の家は冒険者ギルドの寮ではなく、1階にカフェがあるアパートメントの3階部分に部屋を借りている。一人暮らしするにはそこそこ広い部屋で、居室も2部屋ある為リビングと寝室を分けているようだ。彼は汗を流すためにまずシャワーを浴びる。傷だらけの体が今まで乗り越えてきた試練を物語っており、鍛えられた体は相当な修練のたまものである。 シャワーが終わり彼は服を着ると荷物をまとめ始める。 「何を持って行こうか…」 魔練具であるトランクを開き、荷物をとりあえず適当に周りに並べる。一番容量を食うのが鎧と武器だ。彼はパーティ内ではタンクの役割を担っており、騎士としての称号を持っている。タンクとは敵の注意を惹き、自分が敵の攻撃を一手に担うことにより隙を作り出し仲間が攻撃をするチャンスを作る役割だ。だからこそ剣と盾、それに己を守るための鎧が必要となるのだ。着ていけばいいと言われるかもしれないが、鎧というものはとにかく普段の生活には向いていないものなのだ。こういう時他のメンバーの称号がうらやましくなる。軽装でも問題ないというのはなかなか魅力的に感じてしまう。 「うへぇ…やっぱ最低限の装備でもうパンパンになっちまうなぁ…」 トランクに鎧や盾を入れようとすると途端にそれらが小さくなっていき、本来入らない大きさのものが入るようになる。それがこの魔練具の特性であるのだ。 「鞄新調してぇなぁ…」 まだBランクの彼は安い依頼料で遣い走りされることが多く、お金がなかなか貯まらない。だから、ただでさえ高価な魔練具にはそうそう手を出すことが出来ないのだ。だったら尚更上のランクを目指すべきではないのか?とそんな意見も聞こえてきそうだが、そこは他でもない彼がこの依頼を受けると決めたのだからどうしようもない。 と、そんなこんなで旅の準備を終えた彼は、玄関に立ち部屋を振り返る。 「じゃあな」 自宅に一時の別れを告げて待ち合わせ場所である中央広場に向かう。 「…遅い。」 広場に着くとコウモリ男のテンソが怖い顔で睨みつけてくる。いや、怖い顔なのは元からだが、今回は尚更に怖い顔だ。 中央広場を一望できる位置にあるカフェのテラス席には彼の仲間が待ちくたびれたような表情をして待っていた。 「ちょっとあんた!やっぱり遅れてきたわね!!」 垂れ耳茶兎のラパン・グランドラグはそう叫びながら立ち上がり、ロワーブを指さす。 「ロワのことだから仕方ないねぇ〜」 先ほど別れたばかりだったグラハムはマイペースにそう言いながら注文したストロベリーパフェに舌づつみを打っている。 「まぁまぁ皆さん。それを見越して集合時間を早めにしたんじゃありませんか。」 オッドアイの白猫、カトナー・ローズ・ウィリアムズは広げた地図に何かを書き込みながら眼鏡を押し上げる。 「いやーわりいわりい!途中で怪我してた犬を医者に預けて、道に迷ってたバアさん案内して、生活が苦しいって奴からツボ買ってたら遅れちまったんだぜ。」 そう。彼、ロワーブ・ファングロウは超が付くほどの…良く言うとお人好し、悪くいえばお節介焼きなのだ。だから彼がそんな理由で遅れてくるのも仲間の間じゃ日常茶飯事なのだ。 「いやいや、最後のそれどう考えても詐欺じゃない!?お人好し通り越してバカじゃないのアンタ!?」 「…お前はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいぞ。」 ラパンとテンソから呆れ顔でそんなツッコミを受けるロワーブだが、そんな仲間の気苦労など知ってか知らずか 「まーまー!俺の金がどっかの誰かの役にたってんだったら俺は気にしないぜ?」 ロワーブの前のテーブルにはいつの間にか大量の料理が並べられており、それを次々平らげていく。その様を見て 「ロワ君はもう少しお金に頓着した方がいいのでは?」 そうカトナーが困った表情を見せながら提案する。 「だからいっつも金欠なんだよねぇ〜」 「うっせーグラ!それでもちゃんと生活出来てんだからいーじゃねーか!」 魚のフライを頬張りながらそう不貞腐れたように口を尖らす彼の様子を見てメンバー達は、仕方がないなぁと困ったような表情を浮かべるが、誰も彼の行動を根本から否定するような者はいない。それがある種の信頼の表れのように、見るものに感じさせる安心感があった。 「さ、ご飯食べたら向かいましょうか!目的の村【オルコ村】へ!」 カトナーは手をパンッと打って場の空気を変えると、広げた地図を指さし計画を話し始める。ここから彼らの旅はもう既に始まっているのだった。 ポーッ!という空気の抜けるような音が彼らの耳に届く。時刻はまだだいぶ朝早く、春先のほのかな陽気が彼らを包み込んでいた。彼らは今、駅の構内で列車を待っている。駅の天井は開閉式で晴天のため吹き抜けとなっていて、心地よい風が吹き込んでくる。ヒトの往来を眺めながら、彼らはベンチに座って自分たちの乗る予定の列車を待っている。 列車…と言っても動力は電力や蒸気ではない、魔力だ。正確には【マナ】と呼ばれる大地から溢れる魔力の素となるもののことで、魔力そのものではない。聖樹アークによる恵みによってこの国のマナは他国とは比べ物にならないほど濃く、魔練具は魔道具とは違いそのマナを元として機能している。つまりこの列車も魔練具の1つであり、この国の開発技術の最も誇るべき成果物でなのある。 もう一度ポーッ!という軽快な音と共にガタンゴトンと車輪を回し、鉄で出来た車両が構内に入ってくる。それはロワーブたちの目の前で停車すると、プシューという音を立てて扉を開ける。中からエルフ、ドワーフ、人間、獣人、樹人など様々な種族の者たちが降りていき、さらに構内で列車を待っていた色んなヒトたちが吸い込まれるように乗車していく。指定された座席に向かうと、そこは5人が過ごすには十分なスペースのある一等席であった。 「おお~!さすが一等席…広いな!ウィリアムズ家様々だな!」 「手配してくれたお父様のおかげですわ。まさか最高級の座席を取ってくれるとは思いませんでしたが…」 カトナーは耳をピコピコさせながら少し困ったようにそう言う。 カトナー・ローズ・ウィリアムズは、この魔練駆動車【トレイン】の開発に携わったウィリアムズ家の次女である。ウィリアムズ家はこの国の魔練具開発を担う協会の一柱であり、【フォン】から始まり収納魔練具も数々の物を開発している。彼女の父親はその協会の会長をしており、カトナーは財閥の娘として恵まれた環境で育ってきたのだ。 「これってなんのボタンなの?カトナー?」 「ふふ、押してみてください。」 そう言ってラパンは指さしたボタンをぽちりと押す。すると壁と天井が全面、透明なガラスに切り替わり外の風景や空の様子が視認できるようになった。 「すごいすごい!こんなの初めて見た!アンタんとこの技術半端ないわね!」 ラパンがそう言って兎らしくぴょんぴょん飛び跳ねる。 「トレインは今まで使って来なかったですもんね。今回目的地が遠いからって手配してくれたんですが、これは私も初めて見ました。」 カトナーも目を輝かせて外の様子を見ている。 グレアーの街から出て眼前にはイグサルヴの広大な土地が広がっていた。緑が広がる大地は春先の花吹雪を演出し、色とりどりの絨毯を敷いている。トレインは高速で大地に敷かれた線路を走り抜けており、様々な景色をその間に楽しむことが出来る。険しい山岳地帯だったり、緩やかな丘を登った先から向こう側の景色を一望出来たり…。今まではそこまで遠出しなかった彼らには、その一幕一幕が特別なものに感じられるのだ。 「お、おい…!あれ、天空鯨じゃないか?」 テンソが目を見開き空を指差す。そこにはいつの間にか巨大な鯨が空を悠々と泳いでいた。 精霊【天空鯨】…このイグサルヴの大空を泳ぐ数百メートル級の巨大な精霊で、未だその詳細は謎に包まれている、遭遇するのは極めて珍しい大精霊である。 「うわぁ~!珍しいねぇ!おいら、生まれて初めてみたよ~!」 「すっげーな!超レアもんじゃねえか!」 すると、天空鯨が口を開けたと思うと不思議な音が辺りに反響し、そして汐吹を青空に巻き上げる。その汐吹は細かな雨となりここら一体の大地を濡らし、空に七色の橋をかけた。 「「「「「おお~…」」」」」 その場にいた全員が目を見開き感嘆の声を漏らす。 「これは…吉兆の祝福なんでしょうか?」 「なんていうか…あれね!ほんと凄い!!絶対大精霊様が見守ってくれてるんだって!これ!」 「……感無量だ。」 「ほわ~…目の保養だよ~…」 ふわりとなにか光る泡のようなものが落ちてきた。見上げると、天空鯨の体がどんどん泡となって分解されていっているのだ。その泡は光を反射し虹色に輝き、やがてぱちりとはじけていく。これが天空鯨が神出鬼没とされる要因だった。泡のように現れ泡のように消える。しかも顕現している時間も一時間と満たない。その儚い存在感から、出会うと幸運が訪れるとまことしやかにささやかれているくらいなのだ。 「ありがとな。」 ロワーブはキラキラした瞳に決意を秘めてこう言うのだ。 「…よし!気を引き締めて作戦会議だ!今度の依頼、絶対成功させるぞ!」 ポーッという軽快な汽笛と共にトレインがオルコ村直近の村の駅構内に到着する。都市部とはずいぶん違って廃れた駅で、人っ子一人見えない。駅員の姿すら確認できず、彼らは車掌にキップを渡してそのまま駅を出る。 「やーっと着いたー!いいもん見れたけど、流石に6時間も乗ってたら疲れちゃった。」 「まだここから歩いたら6時間弱かかりますからね?ラパちゃん。馬車が手配出来たらいいんですが、今日は場合によっては野宿しなくちゃならない場合もありますわね。」 「小さい村だから御者さんが駐在してるかも微妙だよねぇ。運よく見つかればいいんだけど~」 「大丈夫だろ!俺たちには天空鯨の恩恵がついてるさ!」 「…相変わらず前向きだな。お前は」 駅から出るとそこは小さな農村で、人間がまばらにいるだけで他の種族の気配は見当たらない。随分過疎化が進んだ村のようで、駅がある村の割には土産物屋すらない。 「では、ここで一度分かれて、御者を探すチームと目的地であるオルコ村の周辺情報の聞き込みチームに分かれましょう。」 「おう!了解!じゃあ俺とテンソは御者の方探すから、カトナー達は聞き込み調査頼んだぜ!」 「おっけ~じゃあ馬車なんとか確保しといてねぇ?あと、ロワの監視お願いねぇ?テンソ~」 「…あいわかった。」 「ちょ、監視ってなんだよ!?おい!」 「だってロワ、絶対村の人のお手伝いとか始めちゃうでしょ~?」 「それはありそうっ!やめてよねーこんなとこでお節介発揮しないでよね?リーダー」 ラパンがケタケタ笑いながらロワーブの背中をバシバシ叩く。その反対側でテンソは無言でかぶりを振っている。 「お、おいおいおいっ!流石にそりゃねーぜ!?俺だって時と場合はわきまえてんだってば!」 「いえいえ、時と場合をわきまえてるんだったら今日遅刻したりしなかったはずでは?」 全員の視線がロワーブに集まる。疑いを孕んだ冷ややかな目線に彼は頭を掻きむしって 「なんでだああああ!?」 そんな銀狼の咆哮が静かな村に響き渡るのだった。 そうしてチームは二つに分かれてそれぞれ割り当てられた作業を行う。幸いなことに駐在している御者を見つけ移動手段も手配でき、情報も難なく集めることが出来た。オルコ村まで徒歩で約6時間弱で、馬車を使えば4時間ほどで到着するそうだ。ここよりも随分過疎化が進んだ村で、住民は十数人しかいないとのこと。高木に囲まれており、商人すら近づかない閉鎖的な村となっている。 馬車が到着し、人族の御者が彼らに声をかけてくる。 「よお冒険者の皆さん。こんにちは。早速だが、とりあえず乗りな。オルコ村まではかなり距離があるからな…さっさと出なきゃ日が暮れちまうぜ?」
今時間は昼を少し過ぎた辺りだろう。これから4時間ほど走るとなると着くころには日が大分傾いていることになる。
一行は馬車に乗り込み、それぞれ適当な席に着く。5人が入るには手狭なので、一番大柄なロワーブは御者席に座ることにした。馬車は御者の合図でおもむろに走り出した。
「お兄さん体大きいねぇ!鍛えてる証拠だ!」
御者の壮年の男性がそうロワーブに気さくに話しかけてくる。
「いやぁ…そんなことないっすよ~俺なんてまだまだっす!」
「しかし、オルコ村に冒険者の方々が向かうっつうことは、また魔獣討伐の依頼かい?」
「はい、そうっす。…しかし、またってのは?」
「いやね、つい一昨日くらいにも冒険者の方たちを送っていったとこなんだよ。なんかあの辺はやたら魔獣が出てるらしくてなぁ…ちょくちょく討伐依頼を出してるみたいだな。」
「あの、その話詳しく聞かせてもらえませんか?」
後ろで先ほどまで談笑していたカトナーがロワーブたちの会話に参加する。彼女は身を乗り出し、興味深そうに耳をこちらに向けている。
「お、おう。しかし、何を話したらいいか…」
「討伐依頼はどのくらいの頻度で出てるんですか?あと、魔獣の種類とかってわかりますでしょうか?」
「頻度…頻度かぁ…大体半年に一回くらいかな?短くて三か月ごとくらいの周期だな。魔獣の種類はよくわからんが、そんなに頻繁に同じ場所に戻ってくるものなのかい?魔獣ってやつは。」
基本的にこういった護送用の馬車や村には魔獣除けの魔術が仕組まれており、襲われたりするようなことはめったにない。だから冒険者ではない一般人にとって魔獣というものは避けて通るべきものではあるが、そこまで頻回に遭遇するものでもないからなじみが無いのだ。盗賊の方がよっぽど恐ろしいくらいである。
「いえ、魔獣は確かに食料が豊富にある場所に拠点を構えたりはしますが…。一度離れた場所に何度も戻って来るというのはあんまりないんですよ。種類にもよりますが」
「肉食魔獣なのは確かだぜ?オルコ村の連中がそう言ってたからさ。結構タチの悪い魔獣らしくてな、オルコの隣村がその魔獣のせいで壊滅したって言ってたなー。でもオルコ村では人間の被害はまだ無いらしい。」
「いくら魔除けの術がかけられてても、こうも何回も住みつかれちゃ気軽に散歩も出来なくなっちゃうわよね。そんなの、村の人たちが気の毒…壊滅したって言ってた村の住人たちはどうなったの?」
横で聞いていたラパンが口をはさむ。
「いや、それは分からん。壊滅したってことはやっぱり…」
そこまで言って御者は言いにくそうに表情を歪める。
「その村は魔除けしてなかったのかなぁ?でも、魔獣はなんで村の近くで住み着くようになっちゃったんだろうねぇ?誰かが餌付けでもしてるのかな~?」
グラハムもそんな風にのんびりと疑問を口に出す。
「…もしくは第三者が魔獣をけしかけている可能性もある。」
寝ていたと思われていたテンソは、目を閉じたままそうつぶやく。
「…ぬおー!頭がパンクしそうだ!そもそも魔獣魔獣言ってるけどよ、なんの種類かもわかんねーのはおかしくねえか!?トロールとかオークとかさー分かるだろ!?普通」
「確かに種類が分からない以上は対策の取りようがないですものね。」
おそらく話を聞いていたであろう全員のため息が同時に聞こえてくる。結局ここまで話し合っても謎が増えるばかりなのだ。結局は実際に見てみるのが一番ということなのだろう。
「そういや、おっちゃん…一昨日俺らと同じように依頼を受けたやつらはまだ帰ってたりはしないんすよね?」
「ん、おお、そうだな。帰りの便は俺の担当じゃないが、依頼をほったらかして帰ってきたって話も聞かないし、駅でそんな人影も見なかったなぁ。…ん?」
途端に御者は何かを思い出したように眉を顰める。
「どしたんすか?」
「…いや、そういえば、今まで依頼でオルコ村に向かった奴らが駅を使って帰っていくのを見たことがないなと思ってな。いや、単にすれ違いで見なかった可能性も高いから別に大したことじゃないと思うんだけどな。」
そう彼が言うと、手綱を操り馬車を停車させる。周囲にはいつの間にか霧が出ており、まばらに生えた高木と合わさって幻想的なような不気味なような雰囲気を醸し出していた。目の前には村の入り口と思わしきアーチが年代を感じさせる佇まいで立っている。
「よし、着いたぞ。お疲れさん。しかしこの辺りはいつ来ても霧が出てるな…お前さんら、気を付けて依頼をこなしてくれよ。」
「お、ありがとーございます!おっちゃんも気を付けて帰ってくださいっす!」
ロワーブはぺこりとお辞儀をし、報酬にさらにチップを添えて渡す。
「まいど!…旅人に【アーク】の加護をどうか与えたまえ。あなた方の幸運を、武運を祈ります。」
御者がヒトを送り出す時に唱える文句を残して、彼は馬車を引き連れて霧の中へと消えていった。
これから彼らに何が起こるのか。どんな災難に見舞われるのかは足を踏み込んでみないと分からない。彼らは五里霧中の中村への第一歩を踏み出すのであった。
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